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「綾子さんが好きなんです。初めて見た日からずっとずっと。それなのになんでですか!」
優衣さんは泣きながら叫んだ。私は解放された手で優衣さんの頬に触れる。落ちてきた涙が手の甲を這った。
「綾子さんだって私のこと好きなんじゃないんですか!私はずっとそう思ってました。綾子さんとならいつまでもずっと一緒にいられるって。それなのに、どうして、どうして私を受け入れてくれないんですか。ずっと待っていたのに。今日も。今も!」
「それは私がただの会社員で、優衣さんがただの女子高生だからですよ」
「そんなの関係ありません。私は綾子さんのことが好きなんです。もう離れたくないくらい好きなんです。ずっと一緒にいたい。初めて声をかけてくれた日、綾子さんが私をあの事故から救ってくれた日、私には綾子さんしかいないって思ったんです。信じたんです。今更綾子さんのいない人生なんて考えられません」
「ただの少女の勘違いですよ。私なんかより素敵なひとはたくさんいます。優衣さんみたいに他のひとに幸せを分けてあげられるひとが、私なんかのためにくたびれた世界に落ちてきちゃ駄目ですよ。あなたにはもっと素敵な人生が待っていますから」
「あなたなんて他人行儀な言葉で呼ばないでください。優衣さんっていつものように呼んでください」
「ごめんなさい、優衣さん。でも、あなたの思いには答えられない」
驚くほどに冷酷な声が出た。私は私自身の理性を嫌というほど思い知った。恋した少女に泣かれて、これ以上ない愛の告白を受けても私の理性は法と道徳とそれからどうしようもない条理の壁で堅牢に固められ、落ちてくる涙にも心を動かされなかった。今は、彼女に触れてはいけない。優しい言葉などかけてはいけない。それは結果として彼女を救うことにならないのだから。私は優衣さんの顔が見れなかった。
「わかりました」
涙声が胸の上から聞こえてくる。ゆっくりと優衣さんは私の体の上からどくと、部屋の電気をつけた。裸電球の眩しさが夜に慣れかけていた私の目を焼いた。
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