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 正式に辞令が降りるのは、十二月末だという話が社内で広まった。人事部も総務部もそのことについてはっきりとした名言はしていないが、おそらくその話の通りなのだろうと思った。実際、私のところにも人事部からの面談要請が届いていた。辞表など書けない私は、なにも歯向かう手段を持たずに面談に行った。そして、来年の四月から愛知の事業所へ出向になることを口頭で伝えられた。 「これは決して左遷などではありません。築島さんのキャリアにとって、絶対にいいことなのですから」  杉下部長は念を押すように私に告げた。私は無機質にありがとうございますと返すことしかできなかった。キャリアなどどうでもいい。ただ、優衣さんのそばにいたい。しかし、この気持ちは私の甘えに過ぎない。年上の女性というものに憧れを抱き、それを恋心と誤信した少女を私はいいように使っているだけなのだ。そんな考えが頭から離れなかった。優衣さんに別れを告げるべきだと思った。私自身の優衣さんへの恋慕もきっとただの勘違い。愛護の情を誤信しているだけに過ぎないと言い聞かせた。  家に帰ったのは、七時過ぎだった。優衣さんは先に晩ご飯を済ませてテレビを見ていた。ただいま帰りましたと玄関のドアを開けると、「おかえりなさい」と優衣さんが玄関まで迎えにきてくれた。そんな優衣さんを真正面から抱きしめた。 「どうしたんですか、綾子さん?」  優衣さんは困惑しているようだった。ただ、私は声を出すことができなかった。胸に抱く優衣さんの温かさ。それはあの日駅のホームで彼女を胸に抱いたときとなにも変わりない。彼女は私のこの寂れた部屋を明るくしてくれた陽光のような存在だ。私がこうして生きていくための大切な存在だ。あのとき、四月の春に鳩に微笑む彼女に会わなければ、電車に飛び込んでいたのは私だった。両手を広げて二条の光に照らされながら肉塊として散っていったのは私だった。砂利とコンクリートにぶちまかれ、雨に流されたのは私の血のはずだった。そこから引き上げてくれたのは優衣さんだ。ただ、眺めているだけでよかったのに、私の胸に抱いてしまった。その瞬間から、この崩壊が運命づけられていたのだ。決して報われることのない関係である私たちの間に運命の糸を過って見つけてしまった。見つけた気でいてしまった。それを今断ち切らなければいけない。 「大切なお話があります」  私は顔を上げて優衣さんの顔を見つめた。優衣さんは顔を赤くした。彼女がなにを期待したのか今の私には手に取るようにわかった。けれど、その思いには答えることができない。
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