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「今までありがとうございました。私、綾子さんのことを忘れることにします」  鼻を赤くしながら優衣さんは言った。部屋の中の彼女の服や教科書を鞄に片付けて、コートを羽織った。その様子を私はベッドの上で横になりながら見ていた。 「お邪魔しました。色々とありがとうございました」  荷物を持った優衣さんが玄関に向かって歩いていく。その背中にかける言葉などなにも出てきはしない。いや、頭の中にはいくつも浮かんでいる。ただ、声にすることができなかった。  玄関の扉が閉まる。優衣さんの姿が消えていく。そのとき、私は起き上がった。けれど、言葉が出てこなかった。リビングの灯りが漏れる玄関まで歩いていく。ドアノブに手をかけて、すぐに離した。そしてドアの鍵をかけ、私はその場にうずくまった。これで良かったのだと頭の中で何度も繰り返した。  この夜はとても長かった。気軽に寝返りを打てるベッドはひどく寂しい感じがした。朝、無理やりに目を覚ました。頭がひどく重たかった。水道の水をコップ三杯分飲んでから歯を磨いた。珈琲を沸かす気も起きなかった。冷蔵庫を開ける。昨日の残りのマカロニグラタンが冷えている。それを温めることもせず胃に入れた。胸焼けしそうな味だった。それからゆっくり湯船に浸かった。浴室の鏡に映る顔はひどくやつれていた。華奢な体がいつも以上に弱々しく見えた。
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