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駅にはいつもより随分遅くに着いた。優衣さんに会わせる顔がなかったから、優衣さんが決して乗らない遅い時間の電車に乗った。電車の中は満員だった。駅ごとに押し寄せる人々の乗り降りで時間を費やし、会社についたのは始業時間ギリギリであった。
デスクにつくと、佐々木さんが「築島さん、今日は遅かったんだね」と挨拶の代わりに言った。なにかいけませんかと冷たい口調で返してしまう。佐々木さんは、私からこのような返答が返ってくるとは想定していなかったようで、驚いた様子を見せている。
「すみません。寝不足なので、つい」
謝罪のつもりで口に出したが、それ以上なにも話しかけてくるなとでも言うような冷たい響きが言葉に滲んでいた。佐々木さんは「そうですか」と言って、デスクワークに戻っていった。私は居心地が悪くなり、始業のチャイムが鳴ったにもかかわらず、煙草を持って社内の喫煙所に向かった。
曇りガラスの扉を開くと、中では高田さんが不味そうに煙草を吸っていた。出ていこうかとも思ったが、今の気分は煙草でなければ払えないような気がした。ピースを一本咥えて、フリントを擦る。しかし、火がつかない。
「よかったら使って」
何度もフリントを擦っていた私を見て、高田さんが使い捨てのライターを私に差し出した。ありがとうございますと言って、ライターの弱々しい火で煙草に火をつけた。それから思い切り吸い込み、煙をまっすぐに長く吐き出した。
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