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「この時間に煙草吸いにくるなんて、築島さん珍しいね」  ライターを高田さんに返すと、嫌味のない笑みで言われた。悪いですかと私はまた煙草を咥える。 「そうじゃないですよ。ただ、真面目な築島さんが、業務時間中に煙草吸いに来るのが単純に珍しいからさ」 「午後は時々吸ってますよ。一階に降りてですけどね」 「そうだったんだね」  ふたりの吐く煙が天井の換気扇の周りに漂っている。喫煙所の天井は長年のくたびれた社員たちのため息で黄ばんでいた。 「それにもう真面目に働く理由もないですから」  吸殻を灰皿でもみ消して、新しい煙草に火をつけながら言った。高田さんは「愛知の件?」と口から煙草を離して聞いてきた。 「そうです。もう来年には厄介払いされてるんですから、あの部署で真面目に働く必要なんてないです」  よくもまあ人事部の前でこんなことを言えるな。心の中で毒づいたが、今となってはどうでもよかった。会社に対する恩などというものは感じていなかった。厄介払いされるなら、それなりの態度で示して、高田さんのように、ただ適当に給料だけもらえる仕事をすればいいと思った。 「そうだね。僕もそう思うよ」  高田さんは私の言葉に頷いた。いくらオフレコの場面とはいえ、肯定されるとは思っていなかった私は高田さんの顔をじっと見た。彼は「顔になにかついてる?」と冗談っぽく笑った。いえ、と私は答える。 「実はね、僕、この会社やめるんだ。あの早期退職でやめさせてもらうことにした」  煙草の火を灰皿でもみ消しながら高田さんは言った。私は思わず疑問の声を漏らした。 「もうこの会社に先は無いよ。そりゃあ簡単に潰れたりはしないだろうけど、前みたいな会社に復活したりしない。雰囲気でわかるでしょ。もう駄目だって雰囲気が溢れている。そんな沈没しかけの船からは先に降りることにしたよ。幸い、次の職場も決まったし」  そう言うと高田さんは私の肩をぽんと叩いた。長い付き合いの中で、彼が私に触れたのは初めてのことだった。しかし、そこに嫌悪感はなかった。あの用務員が私の頭を撫でたときのような嫌悪感は。そのまま高田さんは何も言わずに、ただ微笑をたたえて喫煙所から出ていった。私は彼の姿が見えなくなると短くなった煙草をほぼ無意識に唇に挟んだ。
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