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 喫煙所には誰もいなかった。灰皿には吸殻がひとつだけ残されているので、誰かが一度利用したようだが、煙の残り香は無かった。私は、他人の煙草の匂いが嫌いだ。煙草を吸いたくなっても他人が喫煙所を利用しているときには避けている。それに、私が会社で煙草を吸うのは、朝来た時と残業をする場合の夕方の小休憩のときだけだ。ゆえに、他の社員と喫煙所で出会すことが少ない。今日もただひとり、狭い喫煙所で煙草を咥えると、油が少なくなっていたジッポーの芯にフリントを幾度か回して火をつけた。  喫煙所の窓ガラスから見える景色は同じようなオフィスビル街だ。これらのビルではいったい何人の人々が働いているのだろう。もし、大地震が起きてこのビル街がドミノのように倒れたら、何人の人が死ぬのだろう。煙を吐き出しながら考える。そのときには私も一緒に死んでいるだろう。その死に方は苦しいのだろうか。苦しくないのであれば、大地震が起きてもいい。そのように考える私がいる。ただ、大地震が起きてもあの娘だけには生きていてほしいと勝手ながら切に思う。
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