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子供の頃から眠ることが得意ではなかった。夜、布団に入ると闇そのものを見てしまう。近くに街灯のひとつもない日本家屋の我が家は、障子越しに月明かりが注いでいた。その月明かりに照らされた闇を見て、私という存在が本当にここにあるのか、そんなことに怯える少女だった。闇の中に、電灯から垂れている紐がうっすら見える。布団に横たわったまま、それに手を伸ばすが、短い私の腕では届くはずもなかった。それが存在の希薄に拍車をかけた。寝返りをうてば、掛け布団がずれる。顔に手を触れれば、鼻に、まぶたに、唇に指が触れる。それこそ私を少しばかり安心させたが、このまま夜の闇に吸い込まれていくのではないかという不安は消えることはなかった。そんな夜、私は決まって祖母の布団に潜り込みに行った。月明かりに照らされた渡り廊下は、私を怯えさせるものはなにもなかった。そこでは私の影が見えた。それに、子供の私は幽霊や妖怪といった類のものを怖がらなかった。彼らがもしこの夜に存在しているのであれば、この夜に私も存在している。そんな確信を与えてくれると信じていた。しかし、真夜中の渡り廊下を歩いている間、彼らに出会うことは今生無かった。祖母の部屋にたどり着くと、障子を背にして眠っている祖母が見える。掛け布団が祖母の呼吸で上下に小さく動いているのが見える。それが私を安心させた。私はなにも言わずに祖母の布団に潜り込み、線香の匂いが染み付いた祖母の背中に抱きつく。そうすると祖母はうつろに目を覚まして、「綾ちゃん、今夜もかい?」と振り向いて微笑んでくれる。私は、その言葉で安心して、骨張った祖母の体に抱きついたまま、いつのまにか眠りについていたのだった。
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