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 祖母は私が中学生になるときに、とうとう祖父の後を追った。毎晩、祖父の仏壇に線香を欠かさずにあげていた祖母のことだから、天国でも祖父と仲良くやっているだろう。死は祖母にとっては救済で、死によって愛していた祖父に逢いに行くことができたのだ。そう思うと、私は、お葬式の最中に泣かずにすんだ。 「あんなにおばあちゃん子だったのに、こんなときは泣かないなんて結構薄情な娘さんだね」  そんな陰口を言われていたことを知ったのは、お葬式が終わってからしばらく経ってからだった。陰口の存在を私に教えてくれたとき、母は泣いた。その涙は、私を思ってのことなのか、それとも世間体に対しての申し訳なさからなのかわからなかった。母が泣いている目の前でも、私は泣くことはなかった。悲しくなかったわけではない。ただ、ここで泣いたらあまりにも単純な人間だと思ってしまって、白々しくなってしまったのだ。  祖母が亡くなってから、一度も泣かなかったわけではない。もっと言えば、多くの涙を流していた。学校からの帰り道、友達と別れて、ひとりになる。私はそのまま家に帰らず、帰り道にある手入れされているようには見えないところどころ朱がはげている稲荷の鳥居を抜けて、古びた神社の神殿の裏手の坂を上り、草原以外にはなにもない高台へと上った。そこからは、夕日の赤がまだ青い稲を茂らせる田圃を染め上げているのが見えた。そんなとき、私は泣いた。私の泣き声は西陽がかき消してくれた。しゃがみ込む私の影を西陽が作り出してくれた。私はその西陽によって、祖母がもう存在しないこと、そして、私が存在していることを確かめた。そんなことを繰り返しているうちに、夜に眠ることを恐れなくなった。
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