5/30
前へ
/132ページ
次へ
 私は二十八歳である。付き合っている異性は存在しない。勤めている会社は金払いはある程度よく、忙しさもほどほどであるが、やりがいというものは一度も感じたことがない。そもそも、私は、なにがしたいのかわからぬまま今の会社に就職した。お飾りにしかならない学歴と、型にはまった台詞を振りまいて、その他大勢の学生とともにリクルートスーツを身に纏って、代わり映えのしない髪型に変えて就職活動を行った。そして、数社から内定をもらった上で、特段の決め手もなく今の会社を選んだ。会社での人間関係も悪いわけではない。上司からの信頼が篤いわけでもないが、見放されることもなく、部下や同期からは、表立っては良い評価を受けている。仕事も期日までにはノルマをクリアしているし、期末ごとの査定も悪くはない。ただ、それだけなのである。私は、なんのために働いているのかわからないのである。社会人の責任としてのしかかる税金や保険料を納め、仕事から帰って、ひとりでアパートの一室で買ってきた出来合いの料理を食べる。そして、趣味の読書を少しばかりし、化粧を落としてから湯船に二十分だけ浸かる。そして寝るだけの生活。それを繰り返しているうちに、私の存在意義というものがわからなくなった。 「私は、ただ、生きるためだけに生きている。私の仕事など別に他の誰でもできるものだ。私という存在が消えたところでなにも社会に影響を与えないのではないか」  その疑問は、誰もが一度は考えるであろうが、私は、その疑問を頭から綺麗さっぱり取り除けるほど単純な性格ではなかった。かといって、特別な誰かになれる人間でもなかった。その軋轢が、私を「不眠症」に駆り立てたのだと思う。
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加