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──ドォーン!
夜空に響く、大きな破裂音。
助手席側の窓から覗けば、暗闇にキラキラと煌めく金色の大輪。
それまで緊迫していた空気が、一瞬で緩む。
ただ静かに、ぼんやりと眺めていた凛の瞳が一瞬見開き、その水鏡に花火の色が散る。背中がシートから浮いたのに気付いた真翔は、車を路肩へと止めた。
「……綺麗だな」
思わず呟いた真翔は、凛に視線を移した後直ぐに口を噤む。
先程の様な二の舞を演じたくはない。
……しかしその美しさを前にしてしまえば、この感動を共有したい、という欲求が胸を掻き立てる。
「俺たちへの、手向けか」
「……」
小さく呟いた真翔に、凛は首を傾け尖った視線を向ける。
相変わらずその表情は何処か冷め、此方に立ち入るなと言わんばかりだ。
今度はそれに憶す事無く、真翔が口を開く。
「去年の今頃、花火を見たんだよ。恋人と二人でね。
……あの時はまさか……こんな未来が待っているなんて、想像もしてなかったけどね……」
鋭い眼光のまま凝視する凛に、真翔は眉尻を下げ視線を僅かに外す。
「綺麗な人だったんだ、俺には勿体ない位の。
遠慮しているうちに、俺の手からすり抜けていってしまった……」
「……」
「……キス、どころか……手を繋ぐ事すら怖くて出来なかった、なんて。……いい大人が、情けないだろ?」
乾いた笑いを漏らす真翔に、凛は相変わらず冷ややかな眼光を向けている。
そのフェイスラインに、上がった花火の青や赤がぼんやりと滲んでは消えた。
「……ないんだ」
その唇が、僅かに動く。
驚いた真翔は、返事も忘れて視線を凛の瞳に合わせる。
「キスした事……」
それは人を見下す、小馬鹿にしたようなものではない。
言葉だけ聞けばその様に感じてしまうが、目を見開いている辺り、単純に驚いたといった様子だ。
しかし、どちらにせよ真翔には気分の良いものではなかった。
「……ああ」
「変なの」
凛の冷ややかな瞳の中に、僅かながら興味の色が見える。
それを感じ取った真翔は、小さく溜め息を漏らし口を開く。
「……既婚者だったんだ。
お互いの気持ちが通じ合ったのは、相手が入籍を済ませた後だったんだよ……」
「……」
少しは心が動いたのか。冷ややかな視線のまま凛の瞳光が一瞬揺れ動く。
それを悟られまいと数回瞬きをし、再び窓へと顔を向けてしまった。
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