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1話「メイドの沙汰も時給次第」
「有紗! オレだよ、オレ!」
これが詐欺ならどんなに良かっただろう。
でも残念ながら切羽詰まった電話の声は実の兄で、詐欺でもなければ、喫茶店でカフェオレのオーダーを通しているわけでもなかった。
要領を得ない兄の話をまとめるとこうだ。
バイト先のファミレスの厨房でふざけて撮った画像をSNSにアップしたところ軽く炎上、店長ばかりか本社までもが知るところとなり、損害賠償を請求されたらしい。
その額、300万円。
「バッカじゃないの!」
話の合間にざっと20回ぐらいはそう言ったが、それで兄のバカが治るわけでもないし、やってしまったことは取り返しが付かない。画像はすでに削除したしらしいが、もしお金が払えずに訴えられたりしたら、新聞やニュースでも報じられることになるかもしれない。うちは珍しい苗字なので、そうなれば経済的問題だけじゃなく、わたしの進学や就職にまできっと影響が出る。
「300万か……」
通話を切ったスマホをテーブルに置いて放心していると、中学生の妹が自分の部屋のドアから顔を出した。
「何かあったの、お姉ちゃん?」
「……ううん、なんでもないよ」
正直に、叔父さんに相談するしかないかな……。
叔父はウチの両親と折り合いが悪くて、もともとわたしたち兄妹のことをあまり良く思っていない。
遺産や保険金はちゃんと管理してくれているけど、こんなことが知られたら、妹はどこか遠くの全寮制の学校にでも入れられてしまうだろう。わたしに至っては、高校を出たらどっかの地方の農家に嫁がせる話があるとかないとか。
『オレがバイトして家計の足しにするから、妹たちには好きな人生を歩ませたい』という兄の気持ちは嬉しかったけど、それでこんなことをやらかしてたんじゃ、何にもならないじゃない。
兄に関してだけは、知人の会社で働かせようという叔父の意見が正しかった。
――それでも、もう少しだけでいいから、思い出の詰まったこの家で、バカな兄と可愛い妹の三人で暮らしていたい。
力が抜けた身体を椅子の背に預けたまま、わたしはそろそろとスマホに手を伸ばした。
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