紅葉の宿~嫁ぐ娘に父から贈る言葉~

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紅葉の宿~嫁ぐ娘に父から贈る言葉~

 秋。  紅葉の季節。  来月、私はお嫁に行く。遠距離恋愛だった彼のもとへ、私は嫁いで行く。  一人娘の私。母の提案で、結婚前、父と三人、親子水入らずで、紅葉のきれいな温泉宿に来た。  夕方、母とお湯から上がり、部屋に戻ると、一足早くお湯から上がっていた父が、ベランダで、(あか)く色づいた山の紅葉(もみじ)を眺めていた。  父の背中が、今日は何だか、少し寂しげに感じた。一人娘が嫁ぐんだもん、仕方ないか。  その背中を、しみじみと眺める私。その光景を、横で見つめる母。母の顔を見ちゃうと、私は涙がこぼれそうで……、見れなかった。  すると、母が、父に話し掛けた。 「お父さん」 「ん~っ?」  父は振り向くともなく、ぼんやりと、紅葉を眺めたまま返事をした。もしかしたら、父も、目に涙を浮かべ、涙はこぼすまいと、振り向けなかったのかも知れない。 「嫁に行くこの子のために、あなた、一句、考えて来たんでしょ?」 「あ、あぁ……」 「え、私に~ッ!」  これぞ、サプライズ!  父は、顔を紅葉に向けたまま、私の方に、浴衣姿(ゆかたすがた)のお尻を向けて、右手で、自分のお尻の黄門様(こうもんさま)付近を、しきりに()み始めた。 「ちょっと、お父さん」 「ん~っ?」 「何してんのよ?」 「ここで一句じゃ」 「ここで一句ッ?!」 「『紅葉観(もみじみ)て、指でモミモミ、あぁ、()()ッ!』、……なんつって♪ ニャハ~ッ! ニャハハハハ~ッ!」  はぁ~……、泣けて来た!  いろんな意味で、泣けて来た……。
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