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「いつ逃げるの?」
「タイミングを見計らうから、いつでも逃げられるようにしておいて」
ドラマみたいだと他人事の様に思った。
「でも今日はないから若菜の好きに過ごしていいよ」
珍しく母親ぶった笑みを称えて母が私を抱きしめた。いらない気遣いだ。別れを惜しむ人間なんていないのだから。
いつも通り登校して、滞り無く終業式が終わって、午前中のうちに下校が許された。
この学校にも町にも、名残惜しさなんて少しもないと思っていた。
それなのに、廊下でこっちに向かって歩く廉士を見つけた瞬間、思わず足が止まった。
いつも通り不愛想な顔をして、感情を閉ざしてすれ違うだけのつもりだったのに。私たちは住む世界が違うと理解していたはずなのに。
今日が最後だと思ったからだろうか。
カチリ、とスイッチが入る音がした。
漸く母の気遣いが意味を持った。良し悪しを考えるよりも、言い訳になりそうな言葉を探すよりも先に、身体が勝手に動いていた。
「え、何?」
驚いた様な廉士の声で我に返る。右手に熱と硬さを感じて、衝動的に廉士の腕を掴んでしまったことに気づく。
はっとして手を離す。耳までカッと熱くなる。やらかしてしまった。
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