七月の昼中、君を刻む

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「いつ逃げるの?」 「タイミングを見計らうから、いつでも逃げられるようにしておいて」  ドラマみたいだと他人事の様に思った。 「でも今日はないから若菜(わかな)の好きに過ごしていいよ」  珍しく母親ぶった笑みを称えて母が私を抱きしめた。いらない気遣いだ。別れを惜しむ人間なんていないのだから。    いつも通り登校して、滞り無く終業式が終わって、午前中のうちに下校が許された。  この学校にも町にも、名残惜しさなんて少しもないと思っていた。  それなのに、廊下でこっちに向かって歩く廉士を見つけた瞬間、思わず足が止まった。  いつも通り不愛想な顔をして、感情を閉ざしてすれ違うだけのつもりだったのに。私たちは住む世界が違うと理解していたはずなのに。  今日が最後だと思ったからだろうか。  カチリ、とスイッチが入る音がした。  漸く母の気遣いが意味を持った。良し悪しを考えるよりも、言い訳になりそうな言葉を探すよりも先に、身体が勝手に動いていた。   「え、何?」  驚いた様な廉士の声で我に返る。右手に熱と硬さを感じて、衝動的に廉士の腕を掴んでしまったことに気づく。  はっとして手を離す。耳までカッと熱くなる。やらかしてしまった。
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