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なんとか1人で生活できるようになって6年。アタシはその日を迎えた。
いつものように、父の遺した薬草園から採ってきて数日間乾燥させた薬草をいくつか配合した水薬を作るため、秤や乳鉢といった道具を薬品調合用の部屋のテーブルに揃えたところで、玄関の扉がノックされる音が聞こえてきた。慌てて部屋を飛び出したアタシはつまづきかけながらも玄関前にたどり着く。
「はい?」
「私だ、トーコ」
「え? 雑貨屋のおじさん?」
珍しい来客だ。普段は定期的に薬を卸す際にしか顔を合わせない。でも、父の頃からの付き合いである以上、幼い頃のアタシを知る1人でもある。
「どうしたっていうんだ? 薬を卸す予定はもうちょっと先じゃなかったか?」
「その件で話がしたくて来たんだ。開けてくれないか?」
「わかった」
そして扉を開けたアタシの視界に飛び込んできたのは、おじさんの後ろに並ぶ鎧姿の兵士10人、というわけだ。
「……?!」
突然のことに絶句するアタシに向かって、兵士の隊長格らしき人物が片手を上げた。兵士たちがそれを合図におじさんを押しのけるようにしてアタシに接近し、取り囲む。
「館へ来てもらうぞ、トーコ」
正面に立ったままの隊長格が、鎧のせいでくぐもった声でアタシにそう言い渡し、アタシは兵士に取り囲まれたまま家から連れ出された。
「……すまんな」
傍を通り際、おじさんがぼそりと呟いたが、アタシにそれに応える時間は与えられず、家の近くにある領主館への道をひたすらたどらされる。
「ちょっと、どういうことだ?! アタシ、領主様に何かしたか?!」
周囲を囲む兵士たちに怒鳴るように声をかけるも、兵士たちは無言のまま歩き続ける。だが少し歩くごとにそうやって声を上げていたら、辟易したのか先頭を行く隊長が前を向いたままで答えてくれた。
「領主様のお呼びだ。私らもそれ以外は聞かされていない」
独り立ちして6年。その間、定期的に領主館に滞在する領主一家と顔を合わせたのは、奥方が熱を出して倒れた時くらいで、全くと言っていいほど音沙汰のなかった伯爵。両親の記憶を一切なくし、それでも両親が遺したものを引き継ぐと決めたアタシのために後見人として道を敷いてくれた恩はある。けれど、それとこれとは話が別。雑貨屋のおじさんを道案内に使ってまでアタシを呼び出すなんてどういう料簡だ?
だが、領主館にたどり着き、何度か通されたことのある執務室で領主である伯爵と顔を合わせた時、道々溜まった怒りはぶっ飛んだ。
「はぁ?! なんで国王がアタシなんかを呼ぶんだ」
仮にも貴族である領主様との対面中に上げていい声ではないが、両親の死後、アタシの面倒を見てくれたのは村のおばば以上に伯爵だ。アタシの気性はよくわかっているから黙殺してくれた。
「詳しいことは私にもよくわからないのだよ」
温和で物腰が柔らかく、アタシの住む村の人たちにも人気がある伯爵は困った顔でそう告げた。
伯爵とつながりを持つ公爵が、王が貴族会議の折に「どこか辺境の村にいる薬草師兼祈祷師の若い女を呼べ」と言い出した、と連絡をくれたのだという。
「と、いうわけで、私と一緒に王都へ来てもらうよ、トーコ」
貴族たちにとって王の命令は絶対だ。ということはアタシには拒否権がない。なんだか頭が痛い話だ。
「数日待ってもらえないか、伯爵。そうしたら旅に出る用意も出来る。今は3日後に卸す薬を作ってるところなんだよ」
医師や白魔術師がいない辺境や、都市部でもあまり裕福ではない家では、少々値が張るとはいえ、手に入りやすい薬というものが意外と重要なアイテムだったりする。
「わかった、3日だけ待とう。だが、薬を作る必要はないよ。私からおばばに話を通してある。だから、旅の準備に充てるといい。3日後、夜が明けるころに迎えをやろう」
「だから、待てって。アタシに仕事をさせない気か?」
「仕事はさせてあげたいと思うよ。君は、私にとっては恩人の娘であると同時に家族のような存在なのだから」
「だったら!」
「でも、王がこのことを言い出したのはもう半月近く前らしいのだ。あんまり待たせるのはよくない」
「う~……。わかった、3日後に卸す予定だった薬は諦める。けど、旅には薬が要る。常備薬くらいは作らせろ」
食い下がるアタシに根負けしたのか、伯爵はようやく首を縦に振り、家人を呼んでアタシを家まで送らせるよう命じたのだった。
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