いざ、王都!……その前に

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いざ、王都!……その前に

 アタシたちの村は王国の北、伯爵領の東の果てにある。一方の王都ヘキサは南北に長い王国のほぼ中心にあり、文字通り「王国の中心」だ。その距離は直線にして約120キリム(地球の単位に換算して約120㎞)、その間にもいろんな貴族たちの領地があって、その中に街や集落が点在している。  馬車には武装した騎馬の護衛が3人ついているだけなので、こまめに休憩や安全なところでの宿泊を重ねるためにもそれらを経由しながらの旅程になっているから、案の定3日を過ぎても南下距離はやっと30キリムといったところだった。森の付近を通りかかる度に、アタシが薬草集めをしているせいかもしれないが。 「今日はこの村で宿を取ろうか」  夕刻。村の入り口でアタシより先に馬車を降りたギルが、その村を見回して言う。アタシが住んでいたあの村よりも通りが広々としていて、全体的に広い村だ。ここなら馬車の馬を入れられる厩舎を持った宿もあるだろう。  ここは伯爵家の領地ではなく、少し西へ行った隣の侯爵領。その南端にほど近い場所だ。 「雑貨屋を見てくるよ。何か使える物あるかもしれないし」  多少大きくても村は村だ。入り口からまっすぐ伸びた道の先には広場と商店や宿屋、共同井戸などがあるだろう。商店があれば、道中で少し作っておいた水薬(ポーション)が売れるかもしれないし、すでに薬が並んでいればこの村には薬草師がいる、との証明にもなる。 「迷子にはなるなよ! 宿が決まったら呼びに行くから井戸の前にいてくれ」 「分かってる!」  アタシはリュックを背負いなおすと駈け出した。  村の中心部は夕飯の匂いであふれ、人々がまばらに歩いていた。アタシは目当ての商店を見つけ、品物台をくまなく見まわした。 「どうした、嬢ちゃん? 見ねえ顔だな、旅のモンか?」  50歳くらいの男の店主が声をかけてくる。 「ああ、そんなところだ。ところでおじさん、ここらで薬を売ったり、作ってる奴は知らないか?」 「薬や薬草ねぇ……、3か月くらい前に行商が来てたが、最近見ねえな」 「なら、ちょうどいい。今夜はこの村の宿に泊まる予定だから、明日幾つか買ってくんない?」 「ほう、嬢ちゃんは若いのに薬草師かい」 「まあね。切り傷や擦り傷向けの軟膏と腹痛(はらいた)治しの水薬(ポーション)くらいはあるよ」 「そいつぁ助かる。腫れたところを冷やすのに使える軟膏も持ってないか? うちの嫁さんが村の畑で作業してて、足を虫に噛まれたらしいんだが、そこがひどく腫れててな」 「そりゃ災難だね。……わかった、ちょっと診せてくれないか。売りものじゃなく、自前ので良ければ薬塗ってやるよ」 「薬があるなら、それだけ貸してくれりゃいいよ」 「最後まで話聞きなって、おじさん。アタシ、母さんには負けてたけど、一応これでも祈祷師でもあんだ」 「おいおい、それホントか? 薬草師と祈祷師の兼業なんて聞いたことねぇぞ」 「だろうね。というわけで、邪魔していいかい? アタシに出来る範囲で嫁さん治してやるよ」  店主の許可を得て、母屋側に上がり込み、その嫁と対面した。店主と比べると10歳ほど若いと思しき嫁さんは、傷めているらしい右足を引きずりながら椅子から立ち上がろうとしたので、手で制する。 「アタシは薬草師と祈祷師を兼業してる、旅の者だ。おじさんからちょっと話を聞いてね、足を診せてもらおうと思って」 「あ、はい」  ゆっくり立ち上がらせ、床の何もない部分に手を貸して座らせる。ふくらはぎ近くまであるスカートの先から覗く革製の短靴と靴下を脱がせて右足の様子を診た。 「嫁さん。これ、毒虫にやられたろ?」 「ええ、青物の畑で雑草を抜いていて、ちくっと痛みが走ったと思ったら、足が10本以上ある虫が靴の上から噛みついてたの」 「まず毒抜きからしなきゃ、話にならないよ。おじさん、ちょっといい? 今から言う物をそろえて、ここに持ってきてほしいんだけど」  アタシは何枚かの小皿や綺麗な井戸水を入れた容器、先の尖った刃物といった幾つかの道具をそろえさせ、その間にリュックを下ろして中身を漁る。 「皿と水は用意できた。だが、尖った刃物はさすがにうちにはない」 「あと清潔な布を。……仕方ない、刃物はアタシの持ってる奴使うか」  火を借りる場所を探して台所を覗くと、ちょうど夕飯時だったがゆえに、煮込み料理を作っていたらしい。竈が暖かな火を灯していた。 「ちょっと竈の火を借りるよ」  竈の火に、薬草採取用のナイフの刃を入れて軽く熱した後、井戸水が入っているらしい水瓶につけて煤を洗い落とす。簡単ではあるが、やらないよりはマシな下準備だ。  そうして嫁さんのところに戻り、リュックから出した道具から殺菌用の水薬(ポーション)を、細い筒状の口から刃に数滴垂らして、用意された清潔な布の角で軽くふき取る。他にリュックから出した道具は薬草から抽出した汁を使った痛み止めの水薬(ポーション)、腫れを引かせる効果のある軟膏の小壺と細長い布を巻いてまとめたものだ。 「残念だが、アタシの手持ちに前もって痛みを感じさせなくする薬はない。でも、毒抜きのためにはこの噛み傷をちょっと広げてやらなきゃならないんだ。かなり痛いだろうが我慢してくれ」  薬草師は薬を提供するだけで本来治療を行わない。だが、祈祷師は癒す部分に対する精霊の接触を必要とする関係上、こうやって傷口を広げるような真似をすることもある。  一応断ってからアタシはナイフを傷口に吸い込ませるようにほんの少し突き立てた。そこからの出血を確認すると、ナイフを抜いてリュックから出しておいた殺菌水薬(ポーション)と痛み止め水薬(ポーション)を垂らす。  嫁さんは痛みに顔をしかめ、握り拳に力を入れたものの悲鳴は上げない。アタシは消毒した傷口に向かって呪文を唱えた。 「“流れゆく水の精霊(ウンディーネ)の眷属よ、今一度我に癒しの力を貸し与えたまえ。この傷に染みた毒を抜き、聖なる癒しへの一助を”」  アタシの呼び声に応え、井戸水を入れた容器から淡い光が溢れる。溢れ出た光は筋となり、傷口へ伸びて消えていった。 「今のはなんだ?」 「水の精霊に呼びかけて毒抜きを頼んだんだよ。まあ見てな」  店主の問いかけに答えて少し経つと、傷口からどす黒い色をした光が湧き出てきた。アタシはそれを小皿の一つに誘導し結晶化させる。ナイフで広げた傷口は精霊の祝福を受け止血していた。 「ほら、毒が抜けた。結晶(これ)は無害化してあるから、そのまま捨てていい。後は嫁さんの体の回復力頼みだ」  アタシはまだ使っていない布を適当な長さに折り畳み、手際よく軟膏を塗って右足の腫れている部分を覆うように貼りつけた上から長布を細く裂いて巻きつけ、それの固定に宛てた。こいつは普通の布じゃなく、伸縮性も通気性も兼ね備えた固定具の一つで意外と便利だったりする。 「これで良し。3日くらいしたら腫れは引いてるだろうよ。ただあまり派手に動くんじゃないぞ? 安静にしてろ」  出した道具を片づけて、嫁さんを立ち上がらせ、椅子に座らせてやる。 「あ、ありがとうございます」 「嫁さんが気丈で助かったよ。この手の治療に多少の痛みはつきものなんだが、痛みに慣れてない奴は結構暴れるからな。じゃ、お大事に」  アタシはリュックを背負い母屋を出る。外に出たらすっかり日が暮れていた。 「なあ、旅人さんよ。宿のあてはあるのかい?」  表まで見送りに出た店主に訊かれ、アタシは井戸の方に目をやった。……ギルがいる。 「ああ、大丈夫だ。連れが手配してくれてるからな。じゃあまた明日」 「この治療代も明日の商談の時でいいかい?」  気にすんな、アタシが気になって手を出しただけだから、と片手を振って井戸まで歩く。ギルもこっちに気が付いて手を振った。 「遅かったな」 「ああ、店主の嫁さんが怪我してて足が腫れてるっていうから気になってね」 「なるほど。で、商談はするのか?」 「ああ。明日の朝だ。行商は3か月くらい来てないとさ」  そりゃ大変だ、薬は日持ちするものとそうじゃないものがあるからな。と言葉を交わしながら、アタシとギルは宿屋へ向かった。 「そういや、護衛と厩舎はどうなってる?」 「大丈夫だ。護衛と僕たちは宿の2階を貸切にしてもらって安全を確保したし、宿にちゃんと厩番もいたから」  こんな呑気な会話を繰り広げるアタシたちに、翌朝更なるトラブルが降りかかることなど予想もつかなかった。
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