いざ、王都!……その前に

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 翌朝。宿の食堂で朝食を終えたアタシたちは、昼前まで別行動ということにして別れた。  もちろん、アタシの行先は昨日の商店だ。 「お、おはよう」 「やあ、おじさん。昨日話した通り、薬売りに来たよ」  アタシはリュックを下ろして、中から売る予定で作り溜めてあった薬を取り出す。 「こっちが切り傷や擦り傷に使う軟膏、これは腹痛(はらいた)治しの水薬(ポーション)で、こっちは虫下しの粉末」 「おう、結構あるな。いくらで売る?」 「軟膏は素材がちょっと希少だから、10グリー(地球単位換算で10g)当たり銀貨2枚、水薬(ポーション)の方はこのビン1本で銀貨5枚、虫下しは一袋1回分で銅貨15枚ってトコかな」  レートは金貨1枚=銀貨20枚、銀貨1枚=銅貨30枚だ。水薬(ポーション)がビン1本丸々だと高いのは、使ってる薬草の希少度は軟膏以下だが、それ以上に1本作るのに使う量が多いからだ。だが、その分1回分の単価は下がる。何故なら、アタシが作るビンは1本で7回分の量になるんだ。それに売るために作った分には植物と水の精霊の祝福を施して、効果を少し上げてある。 「あ、この軟膏は布に塗って貼る奴じゃなくて、傷口に擦り込むようにして使う奴だから、1回の使用量はそんなに多くないと思うよ」  そんな商談を店先で繰り広げていると、近くを歩いていた住民が集まってきた。 「おう旦那、朝からこんな別嬪と何話してんだい」 「このマヌケ、みりゃわかんだろうが。商談中だ」 「……ん? そういえばこのお嬢さん、昨日夕方に若いお兄ちゃんと一緒に赤屋根亭に来た人だよね?」  なんだか大事になりそうな予感が……、と軽く頭を抱えたくなったところで、店主が怒鳴った。 「(おり)ゃあ仕事中なんだよ! ほら散った散った!」  その声に文句を言いながらも人々は自分の仕事に戻っていく。……助かった。 「ありがとな、おじさん」 「仕事の邪魔しにきた奴らを追っ払っただけだ」  ムスッとした顔で言い捨てる店主。だが、こういう気質の人間は仕事に関して非常に真面目な性質(たち)であることを、アタシはよく知っている。 「で、どれを買ってくれる?」 「そうさな。……とりあえず、水薬(ポーション)を1本。あと、虫下しを5袋。軟膏は……」  その瞬間、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。 「な、なんだ、いきなり」  悲鳴の方角は村の奥、店主の嫁さんが行っていたという畑のある方だ。その方角から住民が走ってくる。 「どうした?!」  近くで息を切らした男に店主が声をかけた。 「ま……魔獣だ。畑に魔獣が」 「なんてこった!」  店主は母屋に取って返すと一振りの長剣を手に駈け出した。ここじゃ村に魔獣が入り込むことがあるんだ……。  魔獣っていうのは、獣の姿をした魔物のことで、基本的に人間の物理的な力だけじゃ倒せないくらいには強い。あれを倒せるのは騎士の称号を持つくらいに戦闘技術を持つ人間と攻撃魔術師の連携が必要と言われている。 「ちょっと、おじさん?!」  アタシも後を追う。途中でギルが合流してきた。 「トーコ、何があった?」 「村の奥にある畑に魔獣が入り込んだって」  現場へたどり着いてみると、確かに狼のような生き物が我が物顔で畑を荒らしている。近くには赤い何かが流れた跡が。 「血だ……。襲われた人がいるんだ!」 「待て、飛び出すんじゃねえ。あいつは見ねえ種だ。下手に近づくと何があるか」  飛び出しかけたアタシを店主が止める。 「なら僕が行こう。トーコは僕があいつの気を引いてる隙に怪我人を」 「待てって言ってんだろ、兄ちゃん」 「大丈夫、僕はこいつが何か知ってる。対処もね。だが1人じゃ厳しそうだ。店主、手伝ってくれないか」 「……兄ちゃんがそう言うなら」  そして男2人は作戦を練り、店主は獣に気取られない様こっそりと近づいていった。一方のギルは距離を取るようにアタシの反対側へ移動した。 「光の矢よ、我が敵を射抜け! “シャイニングアロー”!」  ギルがいきなり魔法を放つ。あいつ自身に魔力はないはずだから、普段から持ち歩いてる護身用の魔具でも使ったかな。  魔術の矢に射られ、獣は悲鳴を上げた。そして魔術を放った者を探すべく視線を巡らそうとする、その死角から店主が切り込む。  斬撃は見事に右前脚の付け根を切り裂いた。それを機に獣の焦点が店主に向き、近接戦に発展する。ギルも剣を抜き、加勢に回りながら、獣を血だまりから引き離していく。 「今だ!」  アタシはそこへ駆け寄り、倒れている女を抱き起す。  どうやら雑草を刈るための鎌を握っていたらしい右手が噛み裂かれていたが、ぱっと見た限りでは筋は無事らしかった。 「まだ息がある! それなら……」  呼吸も確かめ、アタシは薬を出そうとリュックを探す。 「ちっ、店の前に置いてきたんだった! しょうがない。アタシの力じゃどこまでやれるかわかんないけど……」  触媒に使う水もない……と思ったら、近くに水が入ったバケツを見つけた。どうやら鎌を洗うのに持ち込んだらしい。ないよりマシだ、と覚悟を決める。 「“流れゆく水の精霊(ウンディーネ)の眷属よ! 今一度我に癒しの力を! この者の傷を塞ぎ、生への活力を”!」  かなり乱暴な詠唱。それでもバケツの水に宿る精霊の力は応えてくれたらしい。バケツから傷口に流れ込んだ光が消えた時、傷は一応塞がり、意識こそ戻ってはいなかったけれど脈もそれまでより安定してきていたのだから。  畑から引き離された魔獣はどうなっただろう。そう思ってギルたちが消えた方へ眼をやった時、光の矢が落ちてきた。どうやらギルがまた魔具を使ったらしい。  あの位置なら、アタシがここを離れても大丈夫そうだ。とりあえず、彼女を背負いあげ、畑から出ることにした。
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