いざ、王都!……その前に

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 村まで女を背負って帰ったアタシは途方に暮れた。 「安静にしなきゃなんないが、この人の家なんて知らないし……」  とりあえず泊まってる宿「赤屋根亭」の部屋に戻るか、と小さな教会の前をえっちらおっちら歩いていると、近くの家の、細道に面した窓から声が聞こえた。 「アリス!」  そのまま通りに面したドアが開き、女と同世代っぽい男が飛び出してきて、アタシの目の前に立ち止まる。 「君は赤屋根亭の……! 君が連れ帰ってきてくれたのか?!」  さすがに見慣れない人間についての情報は早い。 「あんたは?」 「ロビンスだ。彼女はアリス、僕の妻だよ」 「そうか、なら家に運ぶよ。安静にしてやんないと」  アタシは男の案内を受けつつ、女をベッドまで運んでやった。 「魔獣に右腕を噛み裂かれてたんだ」 「え?今は治ってるじゃないか」 「アタシが治した。これでも祈祷師の端くれでね」 「君、薬草師だって商店の旦那には言ってたよな」 「訳があって兼業してるんだ」  でも、白魔術師や医師とは違って、傷を完全に治すことはできない、と前もって言っておくことも忘れない。 「こんな村に住んでるならわかるだろうけど、祈祷師が出来るのは、傷病人が回復するための手助けであって、完全な治療じゃない。傷の止血はなんとかできたけれど、意識が戻るかは彼女の回復力次第だ」  それもあの魔獣が毒を持っていたりしたら怪しいことこの上ない。 「アタシの連れと商店のおじさんが協力して魔獣を畑から引き離してくれてる。連れはあの魔獣の知識と対処法を知ってるはずだから、時間はかかっても倒して帰って来れると思うよ」  そういや、店の前に置いてきたアタシのリュックはどうなっただろう。 「悪い、店の前に荷物を置きっぱなして畑の方へ行ってたんだ。ちょっと取ってくるよ」  薬を広げてあるのを、これ幸いとばかりに泥棒されてたらたまらない。 「わかった」  商店の店先に戻ると、アタシとギルの護衛について来ている3人が立っていた。アタシが荷物を放り出して行ったのを見て、見張りに立っていてくれたらしい。助かった。  とりあえず広げっぱなしだった薬を片づけてリュックを背負い、教会の近くに畑での怪我人が住んでる家があるから、そこに行く、と言って来た道を戻る。  戻る途中で、進行方向からフラフラになったギルと店主が歩いて来るのを見つけた。向こうもこっちに気づいて、教会の前で立ち止まる。 「2人ともフラフラじゃないか。……()ったのか?」 「まあね。だけど、これで光属性の魔石はしばらく使えない」  やっぱりあれは魔具だったか。一人で納得していると、店主が怪訝な顔で口を開いた。 「怪我人の方は?」 「傷は治した。だけど、ここに戻ってきた時はまだ意識が戻ってない。この近くに旦那と住んでるらしくて、アタシが通りかかったら旦那が血相変えて飛び出してきたよ」 「ああ、アリスだったか」 「で、アタシはひとまずおじさんトコの店先に広げてた荷物を集めて戻ってきたってわけ」 「護衛の人たちはどうした? 会わなかったか?」 「おじさんの店先にいた。アタシの荷物を見張ってくれてたみたいだ。あとでお礼言っといて。ところでギル」  あの魔獣、牙に毒持ってたりしないよな? と声を潜めて訊いてみる。 「ああ、それはナイ。大丈夫」 「じゃあ、あとはあの人本人の回復力次第か。だけど、結構派手な出血してたし、ぱっと見、筋は無事みたいだったけど、中の方がどういう状態かよくわかんないんだよね」  アタシの力では、というか、祈祷師の能力では自然治癒力とも自己回復力とも言う力を高めるのが限界だ。あの止血も治ったように見えるだけで、表面を癒しただけに過ぎない。もし中の筋が切れていたりしたら、一見回復したかのようなあの右手は、これから先うまく動かなくなるだろう。意識が戻ればまだ救いはあるが……。 「アタシはあの家でもう少し様子を見てるから」 「うん。夕方には宿に戻ってくること」 「了解」  2人と別れて再び家に入る。だが、夕方になっても女は目を覚まさなかった。
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