122人が本棚に入れています
本棚に追加
そして王都
「おじさんから別れ際に薬草師の情報をもらったんだ。村の南東2キリムの森って言ってたからこの近くなんだが、寄り道していいか?」
「さすがにまずいよ。もともと1日半で行く予定だったところが、君の薬草拾いで2日に延びてるし、魔獣がいたとはいえ、村に2泊は大幅に予定が狂った」
「そうか。逆に急がなきゃならなくなってるな」
ちぇっ。ここらはアタシの住んでた森と少し気候が違うから、たぶん薬草の傾向が違うんだけどな。仕方ない。
「と、いうわけで、次に寄る予定だった村は通過して、このまま街道沿いに行けるだけ進むよ」
「野宿になったらどうすんだよ?」
「大丈夫、あの村で少し食料分けてもらってきたし、水も汲ませてもらった。野営せずに済むに越したことはないんだけど、念のため簡単な道具は積んである」
それなら一晩くらい野宿でもなんとかなるだろう。一応護衛もいるわけだし。
その日から先、ギルは立ち寄った村で食料を買い、アタシは特に何もすることなく、2日に1度は野営をして移動距離を稼いだ。
その結果、村を出てから15日目の昼前に、アタシたちは王都の隔壁を目にする。
「あれが王都第3の門だ」
あと3キリムくらいの地点で一度馬車を止めたギルはそう言った。
「あれが……」
第3の門ってことは、たぶん王城に近づくにつれて第2、第1の門があるのだろう。
「行こうか。王の呼び出しを受けてから1か月かかってしまっているからな」
「ああ」
第3の門の門衛に伯爵家の者であることを告げて通してもらい、王都に入ったアタシは馬車の中で目を丸くした。
「……馬車の揺れ方と馬の足音が外と違う?」
「ああ、隔壁の中は石畳になっているからね」
なるほど、それでか。石畳なんて辺境の村にはないもんな。それに馬車が複数行き交えるように道がかなり広い。
「まっすぐ王城に行くのか?」
「いや、今日は第2の門を抜けた先にある、うちの屋敷で休もう。王城に遣いを出す必要もあるし」
王様ってのもあんまり暇じゃないからね、とギルは笑って言う。辺境の村を幾つか統治する領主である父親について、王城にも出入りしているのだろう。
第2の門を抜け、貴族の屋敷らしき建物が立ち並ぶ区間を少し進んだところで馬車は止まった。
「さあ、着いたよ」
ギルに促されて馬車を降り、アタシは村の領主館以外の伯爵家の建物に初めて足を踏み入れた。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」
玄関ホールに入るなり、身なりのいい男がギルに声をかけてきた。
「ただいま、ロディ。彼女がトーコだ。王都は初めてで勝手がわからないだろうから、誰かをつけてやってくれ」
「かしこまりました。年の頃からしてエミリーが適任かと」
「任せる。私は着替えてくるよ。あと、王城に遣いを」
「承知いたしました」
ギルは男に一通り指示を出すと、すたすたと私室のあるらしい方へ進んでいく。結果、アタシだけが取り残された。
「トーコ様はこちらに。お部屋へご案内いたします」
男はアタシを振り返り、身振りで屋敷の廊下を案内していく。
「こちらをお使いください。あとでメイドを寄越しますので、何か入用なものがあればそれにお申し付けください」
「ありがとう」
アタシが通されたのはシンプルな内装だが上品な雰囲気で居心地のよさそうな部屋だった。
絨毯が敷かれた床の上にリュックを下ろし、ソファーの前に設えられたテーブルの上にリュックから荷物を出しては置いていく、という作業を半分ほど終わらせた頃、ドアをノックする音がした。
「失礼します」
入ってきたのはアタシとそう年の変わらない、栗色の髪をまとめ上げたメイドだ。ティーカップとポット、砂糖やお茶菓子が載っているらしい、小さなワゴンを押している。
「トーコ様のお世話を任されました、エミリーと申します」
「ああ、よろしく頼む」
「王都は初めてと伺っております。旅の疲れも残っていることでしょうし、今日はこのまま休まれますか?」
「いや、時間があるうちに三の郭の商店を見てこようと思う」
三の郭とは、第3の門と第2の門の間にある民間区画を指す。そして第2の門から王城の前庭にあたる部分にある第1の門までは貴族が多く住む区画で、二の郭と呼ばれている、と馬車の中でギルが教えてくれた。
「それでは、ギル様にもお知らせしておきましょう」
テーブルに広げた荷物を一旦床へ下ろし、場所を空けて手際よくお茶の用意をしながらメイドが言い、お茶の用意を整えて静かに退出していった。
再び一人に戻った室内でソファーに腰を下ろしたアタシはティーカップを手に取る。
「薬草茶か」
薬草を煎じて薬を作る仕事をしているせいか、それらを煮出した時の匂いをかぎ分けられるようになっているアタシは無意識にその配合を匂いから分析しようと試みた。
「疲れを癒すと言われる薬草と、リラックスさせる効果を持つ薬草、あと香りづけに薄荷……かな」
一口含んでその分析が大体合っていたことを確認する。
「いい家人を持っているな。家人の側でもギルや伯爵が主なら仕えやすいだろう」
カップのお茶を飲み干し、一息ついたところで再びノックの音がした。
「トーコ、いいかな?」
「ああ」
入ってきたのはギルだ。
「エミリーが、お前が三の郭へ出かけたいと言ってると報告してきた。馬車に揺られ続けた旅だったけど、ホントに体は大丈夫かい?」
「平気さ。それより、王城に遣いは出したのか?」
「ああ。でも戻ってくるまでに時間がかかるだろうね。というわけで、三の郭に出るなら僕が連れて行こう」
「助かる。こんなトコ、一人じゃ絶対迷子になるし」
「で? 君のことだ、商店と言っても、見たいのは食料品や日用品じゃなくて薬だろ?」
「ああ。あと薬を貼るのに使う布や固定用の布紐だね。家にあったのを全部持ってきたわけじゃないから、少し足しとこうと思って」
わかった。馬車を用意してくるから待ってて、とギルは部屋を出ていく。アタシはポットから2杯めのお茶を入れて飲みながら時間をつぶすことにした。
最初のコメントを投稿しよう!