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そして10分後。アタシはギルと共に三の郭の中心部たる噴水広場に立っていた。広場の周囲には飲食店、服飾店、武具店を中心にいくつもの商店が軒を連ねている。伯爵家の馬車は広場の隅に設けられた待機所に停まっていた。
「すごいな、さすがに王都だ」
「だろう? 薬をメインに扱ってる店はあっちだ」
「あ、ギル様!」
「ホント? どこどこ?」
ギルの案内で広場を突っ切る。貴族然とした服装や立ち振る舞いを見せているギルに突っかかって来るような輩はいない。街の風景に貴族が溶けこんでいるのだ。……貴族が同じ空間にいるのが当たり前になっているからか、見目のいいギルは女たちに人気があるようで、時折黄色い声が飛んでくるが。
「……女たちの声が痛い」
軽く頭を抱えて呟く。ギルは呟きが聞き取れなかったらしく、どうした、と訊いてくる。
「いや、なんでもない」
「ならいい。……ここだ」
たどり着いた店は構えが大きく、閉店後は閉じられるのだろう木戸が開け放たれていて、店内から複数の薬の混ざった匂いが漏れてきていた。
「やあ、店主。邪魔するよ」
「おう、ギル様かい。どうした?」
店に足を踏み入れるなり、懐っこい感じの男の声が聞こえた。
「顔なじみなのか?」
「そんなところだ」
小声の問いにギルも小声で返してくる。店主らしい男はギルの傍にいるアタシに気が付いて言った。
「女連れとはまた珍しい。そっちのお嬢さんは一体誰でぇ?」
「トーコだ。昔話したことあったろう? 小さかった僕を治してくれた薬草師と祈祷師の夫婦がいたと。彼女はその娘で、両方の才を継いでてね」
「ほう。そういやそんなこと聞いたっけな。……今、両方の才って言ったか、ギル様? それってつまり、お嬢さんは薬草師と祈祷師、両方の能力を持ってるってことでいいんだよな?」
店主の目がいきなり真剣みを帯びてアタシに向く。
「そうだよ?」
「ふうん? どの程度の力を持ってんのか、見せてもらってもいいか? 商品持ってきてんだろ?」
アタシは半ば自棄になって言った。
「ああ。傷用の軟膏と腹痛を抑える水薬でいいか?」
そして抱えてきたリュックから薬を引っ張り出して清算カウンターに広げる。店主はそれを一つずつ検分していく。
「ふん、消炎作用のあるアーティの葉を潰してペースト状にしたものと、痛み止めにも使うスレイの樹皮を煮出した汁と合わせ、固形化させるためカレンの茎の粉末を混ぜた軟膏と、整腸作用のあるノイの葉の煮汁をベースに少しだけスレイの樹皮の煮汁を混ぜて、テルの実を使ってさっぱりと呑みやすくした水薬、ね」
的確な分析にアタシは軽く目を見開いた。
「しかも、どっちも精霊の祝福つきで1回分がそんなに多くない、ときた。辺境の村にいた割にいい腕をしているな」
薬草もほぼ自家製だろう? と問われ、アタシは頷きを返す。アーティもカレンもノイも、父が薬草園で種から育てていたものだ。スレイの木は領主館の森の中に紛れて群生していたのを父が見つけ、薬に使う分だけという条件で伯爵から許可を得て、定期的に剥いでいたらしいが。テルの実は村の果樹畑になるものを安く買っていた。
「いくらで売ってる?」
「商店相手だと軟膏10グリー当たり銀貨2枚、水薬1本で銀貨5枚だ」
「商売人相手ならもう少し値を上げてもいい。どっちも使い勝手のいい薬だ、それもウリにしろ」
なんだか商売に関する講座めいてきた。
「ありがとう。参考になったよ。アタシ、今までは住んでた村の商店に定期的に卸す以外やったことなかったから、売値も材料費に少し上乗せするくらいだったんだ」
「俺みたいな都会の商売人を相手にするならどっちも銀貨1枚分値を上げて売れ。その代わり、裕福な個人に売る場合は今の売値を据え置けよ?」
これは商売の基本だぞ、と締めた男は、次には口調を切り替えて問うてきた。
「で、お客さんは何をご所望で?」
「ひとまず、貼り薬を塗るための布とそれを固定するための伸縮性の高い長布を見たい」
アタシが言うと、おし、と応じた男は、カウンター背後の棚に丸めてまとめてある布の山から幅広の布の塊と細長い布の塊を引っ張り出して、カウンター脇に据えてある大きな角テーブルに置いた。
「どっちも気に入ると思うぜ」
男はそう言って胸を張る。アタシも実際に触ってみて実感した。
(確かに、どっちも悪くない。最上ではないが最下でもないってところか)
アタシは結局一般人だ。最下品だと面倒くさいが、別に最上品にこだわりはない。
「1メトー当たりいくらだ?」
「貼り薬用は銀貨2枚、固定用は銀貨3枚だ」
「じゃあ張り薬用を3メトー、固定用を5メトーで」
「合わせて銀貨21枚だ。いいか?」
「いいぜ」
「毎度」
商談を終わらせ、清算カウンターで裁断してもらった布と銀貨を引き換える。
「なあ、店主。ついでに聞かせてくれ。この店はどこのどんな薬草師から薬を仕入れてる?」
「この三の郭の西の端の方にもともと教会だった建物があるんだ。そこに薬草師が集まって住んでる。そこの品だ」
行くのか? と問われ、わからないと答えた。明日の予定もまだ決まってない。だが、場所さえ分かればいつか訪ねていけるだろう。
アタシと男の話が終わった、と判断したギルがアタシに声をかける。
「そろそろ屋敷に戻ろうか。遣いも戻ってきているだろうし」
「そうだな」
「じゃ、店主。また」
「おうよ」
店を出て馬車の待機所に戻り、待機していた馬車に乗り込んだところで、ギルが口を開いた。
「トーコ、店主に気に入られたな」
「そうか?」
「あの店主は、薬にせよ布にせよ自分の店に置く物にひどくこだわる。そしてその鑑定眼とも言ってもいい観察眼と分析能力が彼の武器でもあるんだ」
確かに、アタシが使った素材を一つも間違わずに答えてみせたあのスキルは強力だ。
「商売って、なるべく安く仕入れて、なるべく高値で売って儲けを出す、を基本に動くものなんだ。だから売値を上げろ、と言うのは仕入れる側にとって不利になることだというのは分かるか?」
ギルの言葉でアタシも気づいた。
「そうか。普通は値切りに値切って安く買いたたこうとするもんな」
「で、お前とお前の薬を気に入った上で、お前が言った金額が商品の本当の価値と釣り合ってない、と判断したから、ああいう話をしたんじゃないかと僕は思ったわけさ」
「じゃあ、虫下しの薬とか、他のも持ってったらいくつか買ってくれるかな」
「それは彼次第だよ。店には結構な種類の薬があったろ?」
それもそうだ。そうなると主な仕入れ先だって言ってた薬草師の住処が気になるな……。
そうこうしてるうちに馬車は屋敷に着いた。
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