旅立ち

1/3
123人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ

旅立ち

 その日その時、アタシは死を覚悟した。何故なら、やや硬い知人の呼び声に応じて玄関を開けたら、知人の後ろには金属鎧に身を包み帯剣した完全武装の兵士が10人も並んでいたからだ。  アタシはトーコ。今年二十歳になる薬草師兼祈祷師だ。  この世界では医師や治療魔法を専門とする白魔術師は数が少ない上、都市部にしかおらず、その都市部でも貴族や富裕層の屋敷に囲われて専属となっているため、辺境の村では彼らによる治療は望めない。そんな辺境にもいるのが薬草師や祈祷師だ。  薬草師は、その名の通り薬草の扱いに長け、各種水薬(ポーション)や煎じ薬を雑貨屋に卸したり、自ら行商する人たちを指す。一方の祈祷師は、一種の魔法の使い手であり、特に植物や水の精霊との相性が良いことから、本職の白魔術師ほどではないものの、傷病人の自己回復力を高めたり、薬草師が作った薬に祈りによる祝福を施すことでその効果を若干ながら高めることが出来る人たちを指す。  アタシの両親はそのスキルを最大限活用して、各地を放浪し行商していたらしいのだが、アタシの誕生を機に定住する場所を求めていた。しかし、辺境でしか価値を見出されることのないような職業の夫婦は都市部では受け入れられず、辺境でも「よそ者」となるため、受け入れられることは稀だ。だから、アタシの両親は村の外れに広がる広葉樹の森の傍に家を建てて、父は村の雑貨屋に薬を定期的に卸し、母は村人の傷病を自分にできる範囲で癒すことで収入を得ていたという。この森は領主館を囲むように広がっており、定期的に森番が訪れる以外に人気のない場所であるが故に村の人たちもアタシ達一家を受け入れやすかったのだろう。  ずっと伝聞形で両親を語っている通り、アタシには2人の記憶がない。正確にはこの村に来た頃から12歳ごろまでの記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。アタシは3歳ごろに両親と共に、とある伯爵の領地の片隅にあるこの村に流れてきたらしい。父は薬草師、母は祈祷師で、当時、付近の領主館に滞在していた伯爵の嫡男が原因不明の腹痛に見舞われ、家人が流れの医師や白魔術師を探していたところに遭遇し、嫡男を無事治療したのが縁で領内への居住を許されたというのが、村の長老格であるおばばの言だ。そしておばばによれば、アタシの両親は10年前にアタシ一人を残して亡くなったらしい。その時のショックが原因で、アタシは両親の記憶をすっかりなくしたというのが周囲の話である。  だが、両親は家の他に薬の調合に関する書付けと薬草園を遺してくれたし、両親の死を知ったらしい領主の計らいで、ある祈祷師の元で修行を積んだ結果、村の人たち曰く「母ほどの力はない」らしいが祈祷師のスキルを身に着けることが出来た。おかげで14歳になるころには、それまで両親がやっていたはずのことのすべてを一人で引き受けられるまでになっていた。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!