屋上なら、空が見えるから。

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 チャイムの音が響く。  四時間目が終わってざわつく教室から逃げるように、私は弁当を持って立ち上がった。  階段を塞ぐロープを跨いで上ると、屋上に出る扉がある。本当はここ、立ち入り禁止なんだ。でも先月ドアの鍵が壊れてるのに気付いたから、時々こうして喧騒から逃げ出してくる。  屋上には何もない。コンクリートの床に座って壁にもたれ、透き通った青を見上げた。  空のずっとずっと高いところを、真っ白い雲が次々と駆け足で通り過ぎていく。  カチャ。  ギイイッと音を立ててドアが開いた。 「やっぱここにいたんだ、穂乃花(ほのか)」 「……(あおい)」 「弁当食べてないじゃん」  ああ、弁当。そのへんに放り投げておいたっけ。  葵はずかずかと近寄ってきて、私の隣に座った。 「葵はお弁当食べないの」 「今日はパン一個だからね。もう食べた」 「早っ」 「穂乃花ってさ、山根が好きだったんでしょ」 「……べつに」 「ふうん」  葵から目を逸らす。  空の青は、宇宙の色が透けて見えてるんだろうか。  綺麗すぎて、遠すぎて、じっと見ていたら目に沁みる。 「彼女ができたからって、教室でベタベタしちゃってさ」 「……」 「私は腹が立ったけど?」 「……べつに」 「ふうん」  そう言うと葵は急にごろんと寝転がって、私の太ももに頭を乗せた。  重みでコンクリートの床に足が擦れる。 「痛っ」 「ふふん。痛いなら、泣けばいいじゃん」 「ふえっ」 「穂乃花は痛くて泣くんだから。気にすんな」 「ふえっ。……ぐす……ふええ……」 「空がすげえきれえ。今日は雲が速いなあ」  下を向いたから空は見えなくなったけど、さっき見た青が私の胸にじんわり染み込む。  堪えきれずに涙がこぼれた。  今だけ。  足が痛くて泣いてるだけだから。 ――了――
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!