文章を書く、文章を読んだせいで。[忘備録]

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ばあちゃん家は地元出身でそこそこ有名な文豪が文豪になるまで住んでいたというのに観光名所になりきらない地味さでひっそり建っている家から徒歩3分ほどにある。ばあちゃんっていうのは母の母で、その「家」の子供と母は子供の頃特別仲が良いわけでもないが同級生くらいの関係で「家」に遊びに行ったこともあったそうだ。文豪が住んでいた部屋に上がり込めたとは思えないしなんなら母屋と離れくらい別の「家」な気がしてならないが、母や祖母や伯父はその「家」のことを「○○さん家」と付き合いのあるご近所さんのように呼ぶ。そこには文豪の存在感がまるでなく私は少しだけ同情する。文豪と私なんて天地の差、同情できるような立場ではないので少しだけ同情する。 そのさらに近くにある保育課程の短期大学の校舎からはたどたどしいピアノの音が聞こえてくる。裏手にある木々を昼過ぎの太陽の光が照らす。光は校舎に遮られ私を影の中に閉じ込める。渡り廊下の窓を覗くと頭だけ見える、ブラウンのドアの向こうからピアノは聞こえてきてるような気がした。突然ピアノが流暢に音楽を奏で始める。フレールジャックだ。誰もが聞いたことがあるが名前は知られていないだろう曲。何度確認しても曲名を覚えられずに苦戦する曲。今日はすんなり思い出せた。そしたら今度は流暢な音楽の方がいきなり躓く。そしてゆっくりと確かめるように音が鳴り、だんだんと駆けるように音楽となっていく。フレールジャック。多分もう私はその名前を忘れないと思う。 昼下り、仏壇とクレープと、文豪とフレールジャック。そんな1日だった。
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