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遡ること、約2日。
鶴維のところから帰ってすぐ、柊平は刀に呼びかけていた。
疲れてはいたが、数日のうちに旅立つと言われては、ゆっくり休む気になれない。
「撫で斬り!」
鞘に収めたままだったり、抜いてみたり。
月夜に冷えた庭に、柊平の白い息が流れる。
「ねぇ、柊平。名前が違うんじゃないかしら?」
呆れた様子で見ていた鏡子が、たまらずに口をはさむ。
「あー······。煌鬼!お······」
「柊平」
呼び掛けたのは、黒猫で猫又の夜魅だ。
柊平は構えていた刀を下げ、四畳半のコタツから顔を出した夜魅を見た。
「夜魅、大丈夫か?」
鶴維のところから帰ってすぐ、夜魅は寝入ってしまっていた。
「大丈夫じゃないよ」
夜魅は顰め面のまま、西の離れの縁側にいる鏡子の隣に座り直す。
「大丈夫じゃない。煌鬼は刀の名前じゃないでしょ」
撫で斬りを鞘に収め、柊平は夜魅の隣に座る。
「じゃあ、刀の名前は?」
「それは記憶にないんだよね」
「夜魅、お前に名前を付けたのは?」
「桃晴だって言ってた」
名は縛るんだよ。
以前、夜魅が言っていた言葉だ。
つまり、夜魅は初代によって名で縛られている可能性がある。
普段、人と関わらない妖怪達は、ほとんどの場合は明確な名前を持たない。
人と関わることの多い妖怪は、通り名のようなものを持っている場合はある。
流澪や鶴維はそうなのだろう。
「猫又の夜魅と、刀の······撫で斬りって、もしかして通り名か?」
撫でただけで斬れるほどの切れ味。
祖父から受け継いだ、持ち主を選ぶ刀は、撫で斬り。
初代と刀が最初に出会ったのは、鶴維の話にあった焼け出された村。
生きるために拾った、焼け焦げた刀。
旅の途中から、錫杖に仕込まれていた刀。
そして、龍神を斬った刀。
「刀にも······名前を付けたのか」
拾った刀の銘など、いくら初代でも知らなかっただろう。
身を守る武器。
あっさり仕込み杖にしてしまうくらいだ。
そのくらいの認識しかなかったと思って良さそうだ。
では、撫で斬りと呼ばれ始めたのはいつか。
龍の森の1件以降と考えるのが妥当か。
それからずっと、刀と猫は対で百鬼の家に伝わってきたのだろう。
ならば、まずは壮大朗に相談するのが良いだろう。
そう考えていた矢先、四畳半のコタツの上に放り出していた柊平のスマホが鳴った。
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