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「イヤな方へ行ってはいけない⋯⋯」
ふと、京介に言われ続けてきた言葉が引っかかった。
ここへ来てから、1度も入ったことがない。
何度も庭に面した廊下は通っている。
障子や襖は開け放しで、隠されてもいないのに。
「柊平?」
柊平は、1番目の部屋に座ったまま、きょろきょろと部屋を見回しだした。
「夜魅、この部屋じゃない」
「なんで?」
「イヤじゃない」
柊平のその言葉に、夜魅が金色の眼を細める。
「その勘、あたるよね。昔から」
西陽が薄れ、深い青が庭沿いの廊下を染め始めている。
2番目の部屋に入るとすぐ、天井から吊られた電気の線を引く。
大小の丸型蛍光灯が、数回点滅してから緩く部屋を照らし出す。
畳に、襖に、じわりと染みるガラクタの影を、意識して初めて不気味に思った。
廊下からは同じように見えるのに、部屋の中に立つと僅かに壁が近く感じる。
柊平は、その違和感のある東の壁に手を伸ばす。
古い塗り壁は、ヒヤリと冷たい。
「池のほとりに⋯⋯小さな社⋯⋯龍の池⋯⋯」
今の柊平は、百鬼夜行路のある中庭を背に、東側を向いて立っている。
「なぁ、夜魅。鶴維の話しに出てきた龍の森の社って、この辺にあったんじゃないか?」
「明察だ、小僧」
不敵な声に振り返る隙もなく、ドッと目の前の塗り壁に押さえ付けられる。
後ろから首を掴む大きな手に、柊平は声どころか呼吸すら阻まれる。
「戻ってこられたなら、何でも応えてやろう」
壁に映る影に飲み込まれるかのように、柊平の視界は暗転した。
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