暴露

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暴露

「どうやら、おれは、男が好きらしい。」 カヅマがそう言うと、向かいに座るコウヂは、飲んでいたアイスコーヒーを変わらずストローで啜りながら、アーモンド型の目を一度閉じて、直ぐに開いた。 そして、ストローを口からはずして、表情を変えずに、一言 「そうかい。」 と言って、また、アイスコーヒーを啜る作業に戻った。 「やはり、反応が薄いな。」 カヅマがそう返すと、コウヂは再びストローから唇を離す。 「そう言われてもな。あぁ、でも驚きはしたぜ。己の恋愛対象がどこなのかという情報は、一々公開するべきことだったんだな。知らなかった。」 「では、お前も言っておくか。」 「あー、どうだろうな。経験がないから返答に困る。」 そう言い終え、再びストローを咥えようとしたコウヂの動きが、途中で止まる。 「恋愛対象がわかっているということは、君は、男を好きになった、と認識したということか。」 「まぁ、そうなる。」 「どこの範囲の男だ?」 「...どういう意味だ。」 怪訝そうに眉毛を曲げるカヅマに、コウヂは淡々と続ける。 「世の中には、男、女と区別される生き物がたくさんいるじゃないか。男、と一言で言うだけでは、そこがわからない。」 「おそらくだが、人間以外の生き物の場合は、オス・メスと表現されるのではないか。」 「だがな、人間に使う時も、場合によっては、雄・雌と表現する言葉は存在する。その上、愛してやまないペット等には『男の子』『女の子』と表現する場合も多い印象だ。」 「では、念を押して伝えておく。おれは、人間の男が好きらしい。」 カヅマの言葉に、コウヂは一言 「そうかい。」 と言って、ストローを咥え、再びアイスコーヒーを啜った。 「もっと深くは尋ねないのか?」 カヅマの言葉に、コウヂは、再び、ストローから唇を離した。 「その必要はないだろう。君は、話したければ、勝手に話す。」 「相変わらず、淡白な男だ。」 「性分だ。諦めてくれ。」 そう言って、残り少なくなったアイスコーヒーを温存するためか、コウヂがグラスを机に置いたところで、カヅマは口を開いた。 「気持ち悪くは、ないのか?」 「...なぜ、そんなことを訊く?」 コウヂは、心底不思議そうに三回瞬きをして、カヅマを見た。 「異性愛者が多くを占めるこの世の中では、少数派の同性愛者は、奇異の目で見られるというのは、よくある話だぞ。同性同士では子も成せず、生殖の役割も、果たせないしな。」 「そうかい。」 そう呟き、コウヂは、机に置いたままのアイスコーヒーのストローを、左の人差し指で少しつついた。 「だからと言って、気持ち悪いという感情は抱かないな。少数派といえば、俺は左利きだが、そのことで気持ち悪がられたこともなければ、自分を気持ち悪いと感じたこともない。」 「それは、少々違う話ではないか。」 カヅマの言葉に、コウヂは、小刻みに三回、瞬きをした。 「違うのか?どちらも、少数派で、珍しいといわれるものじゃないか。...左利きは、なかなか不便だぜ。世の中は、右利き中心で成り立っているからな。」 コウヂの言葉に、カヅマは、ははは、と声をあげて愉しげに笑った。 「コウヂのそのようなところ、俺は大層好きだ。」 「そりゃどうも。面白がってくれるのは君ぐらいだ。理解しがたいと、離れていく者が多いからな。」 「顔が良い分、初めは近付く者が多いからな。その分、去る者も増えるといったところか。」 「ははは、違いない。そういった点でも、俺は少数派ということか。大多数には、受け入れられないからな。」 コウヂは、そう言って愉しげに笑った。しかし、その目には、一欠片の淋しさも潜んでいた。 「ははは、では、少数派同士、仲良くやろうか。」 カヅマは、そう言い終えると、細めていた目を開いた。その切れ長の瞳に、不思議な煌めきが宿る。 「ときに、コウヂ。もしもの話だが、お前が誰かに想いを告げられ、交際を迫られた場合、どうする?」 「唐突だな。...そうだな...まぁ、断るな。そういう人間は、俺の見た目だけが好きだからな。一目惚れだ、と毎回言われる。」 「経験は、ないのではなかったか?」 「それは、俺自身が誰かを恋愛対象として好きになったという経験のことだ。告白は受けたことがある。」 「承諾したことは?」 「ないな。さっきも言ったように、俺には相手に対するそういった気持ちはなかったからな。」 「なかには、いただろう。これから惚れさせるから、取りあえず付き合ってほしいというような輩も。」 「あぁ。まぁ、そういった人間には、取りあえず友人として仲良くしようと伝えるな。そうして過ごす内に、自然と離れていくから。」 「なるほど。」 「本当に、難儀な話だ。好きだ惚れた付き合ってほしいなんて言いながら、俺の中身を知ると、理解しがたいと離れていく。もう少し、俺のことを知った上で、告白するならしてほしい。」 気怠げにそう言ったコウヂは、机に置いたままだったグラスを手に取り、中味の残り少ないアイスコーヒーをストローを使わず、一気に飲み干した。そして、左手の拳で口元をぐいと拭う。 「...確かに、顔も極上だが。」 「なぁ、カヅマ。もうそろそろ寝ないか?いくら明日は休みだと言っても、もう大分遅い。」 少し眠そうに左手で目蓋を擦りながら、コウヂは言う。カヅマの呟きは、聞こえていなかったようだ。ここは、カヅマの一人暮らしの家。カヅマとタメ口で話すほど仲の良い、大学の後輩であるコウヂが、彼の家に泊まりに来ているのだ。 「洗面所、借りるぜ。」 コウヂはそう声をかけながら、持参した鞄から歯磨きセットを取り出し、洗面所へと歩き始める。 「なぁ、コウヂ。」 呼び止められ、カヅマに背を向けていたコウヂが、振り向く。 「お前は、今日、このまま泊まっていくつもりか?」 「...そうすると、何か、まずいことでもあるのか?」 今更何を言うのか、というような表情を繕うことをせず、コウヂは問い返す。 「何もないぞ。...ただ、先程伝えた通り、おれは、人間の男を恋愛対象としているんだ。」 「あぁ、そう聞いた。」 「お前は、人間の男ではないか?」 コウヂは、不思議そうに三度瞬きをする。 「それは、君の恋愛の対象が、人間の男の中にいるという話だろう。別に、人間の男なら誰でも良いという話ではなかったはずだ。」 「あぁ、誰でも良くはないな。」 「だったら、俺が君の家に泊まることに、何もまずいことはない。」 そう言い、コウヂは、カヅマから視線を外し、再び洗面所へと向かおうとする。 「おれはな、コウヂ。一人暮らしだからといって、誰彼構わず家に泊めるような人間ではない。」 「そうかい。それは、有り難いことだぜ。俺は、随分と信頼されているんだな。」 今度は身体ごとカヅマの方を向き、コウヂは少しだけ微笑みながら言った。 「あぁ、それは違いないが...。」 何かを躊躇してしまうように言葉を切ったカヅマは、目線を目の前の机へと向ける。 そして、自分の目の前にあった酒の入った缶の中身を一気に呑み干した。 「おい、あんまり一気に呑むのは良くないんじゃないか?」 そう心配そうに言って、コウヂは、カヅマの傍に寄る。カヅマは、先日二十歳になったばかりで、まだ酒に慣れていないのだ。 「コウヂ。」 傍に来たコウヂの手を、カヅマは掴む。コウヂは、不思議そうに大きく一度、瞬きをした。 「お前は、男に好きだと告げられたら、どう応える?」 「どうって。」 「どう、なんだ。」 カヅマは、コウヂの手をギュッと握る。そのまま自分の目までギュと瞑ってしまったから、コウヂの目は、見ることができない。だから、カヅマは、コウヂが戸惑うように瞬きをしたことに、気付くことができなかった。 「そんなの、さっきの想いを告げられたら、という質問と何か違うのか?」 カヅマは、目を見開く。そして、コウヂの顔をまじまじと見た。美しいアーモンド型の目が、不思議そうにカヅマを見ている。 「結果は一緒だ。俺は、誰が相手であろうが、恋愛感情は抱いていない。だから、受け入れることは、できない。」 「そ...うか。」 カヅマはそう、力なく呟いた。握っていた手から、力が抜ける。納得のいく答えだ。実にコウヂらしいと、カヅマは思った。だが、心がどうしても追い付かない。 「...おれは、誰にでも、まだ酒が呑めないからといってアイスコーヒーを用意したりなんかしない。」 「カヅマ?」 「そもそも、おれは家でコーヒーは飲まない。しかし、お前が好きだと言うから、いつでもつくれるようにれんしゅうしたのだ。」 「......。」 「ストローだって、その方が飲みやすいと前に言っていたから。そうしたら、おみせのものみたいだと、お前がよろこんだから、だから、おれは。」 「なぁ、カヅマ。」 しまった。 カヅマは、我に返った。これでは、『お前が好きだ』と、暗に言っているようなものだ。受け入れられないと、さっき言われたばかりなのに。 「なんか、いろいろ面倒をかけていたみたいで、すまなかった。」 コウヂは、申し訳なさそうに少し頭を下げた。カヅマは、戸惑うように瞬きをする。 そうだ、相手は、コウヂなのだ。伝わっているわけがない。 「だが、俺は、アイスコーヒーを飲みたくて、君の家に遊びに来ているわけじゃないぜ。だから、そんなに気を遣わなくて良い。」 コウヂはそう言って、少し微笑んだ。 「あぁ。しかし、さっきはああいってしまったが、おれだって好きでやっているんだ。気にすることはない。」 そう伝えると、コウヂは、少し不満げに唇を曲げた。 「...なぁ、カヅマ、はっきり言ってくれ。」 まだコウヂの近くに置いたままだったカヅマの手を、今度は、コウヂがギュと握った。 「俺は、おそらく、君が思っているほど鈍感じゃない。だが、酷く不安なんだ。...君は、まだ、『男に好きだと告げられたらどうするか』とまでしか、訊いていないんだぜ。」 コウヂは先程握ったカヅマの手をほどき、今度はその甲を撫でた。 「君はまだ、俺に訊きたいことがあるはずだ。」 さぁ、言ってくれよ、というように、コウヂは、少しだけ口元に笑みを浮かべる。 「...コウヂ。」 大きく瞬きをしたカヅマは、ふっと笑って、再び、コウヂの手を握った。 「こんなに煽りおって...さぞ、良い返事がきけるのだろうな?」 「...どうだろうな。それは、君の問い次第だ。」 ふっと、コウヂは微笑んだ。その瞳には、不安なんて見えないほど、期待がありありと浮かんでいる。 それに気を良くし、カヅマは言った。 「では、訊こう。コウヂ、お前は、おれに好きだと告げられ、交際を迫られたら、どうする?...おれに対する好意がなくとも、直ぐに惚れさせてみせるぞ。」 「そうだな。...君以外なら、友人からはじめようと答えるが、君と俺は、すでに友人だからな...なら、早く俺を惚れさせてみることだな。」 コウヂはカヅマに握られた手を、ぐいと自分に引き寄せた。カヅマの顔が、コウヂの目の前に来る。 「俺はきっと一途だからな。一度惚れたら、離れないぜ。」 「それは、実に楽しみだな。」 カヅマはそう言って、満足げに笑った。 「では、さっさと口説き落とさなければな。」 「はは、そいつは楽しみだ。」 「おれは、お前のその極上の顔も好きだが、柔軟すぎる思考さえも酷く好ましく思っている。簡単なことだ。」 「はっ、俺が喜ぶ台詞を、よくわかっているじゃないか。」 「台詞ではない。本心だ。」 「...まぁ、今夜は、このぐらいは、許してやるぜ。」 そう言って、コウヂは、目の前のカヅマの唇に、そっと、唇を寄せた。
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