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「ちょ…ちょっと待ってよ、母さん。
こんな所に入って、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫に決まってるでしょ。
私はもう数え切れないくらい通ってるんだから。」
母さんの故郷は思い掛けない場所にあった。
ある山の中腹あたりの森の中を突っ切り、その奥に近寄らないとその存在には気付けないような木々で覆われた洞窟があり、さらにその洞窟の奥深くに人一人がどうにか通れる程度の裂け目があって、そこに母さんはどんどん入って行ったんだから。
しかも、松明も持たずにだ。
洞窟の中は真っ暗なのに、母さんは感覚でわかるとか行って、僕の手を引いてずんずん中へ進んで行った。
母さんが故郷を離れたのは、今の僕と同じくらいの頃だったらしいけど、きっと子供の頃からよくここで遊んでいたんだろう。
長年離れていても、そういう感覚っていうのは身に着いているもんなんだね。
狭い洞窟の裂け目を不安な気持ちで進んでいると、しばらくしてどこからかそよぐ風と同時に少しずつ明るくなるのを感じた。
出口が近い…そう思うと、僕の不安もおさまって……
「わぁ……あ………」
明るい場所に出られたことは嬉しかったけど、目の前に広がる光景に、綻びかけた顔が固まった。
「……母さん、これ……」
「これはすべて私のせいなの……」
これほどまでに酷いとは思ってもみなかった。
生きるものの気配さえ感じられない……まさに、死にたえた村だった……
母さんの犯した罪がこれほどのものだったとは、考えてもみなかった。
そして、村をこんな風にしてしまう力を持つ者の存在がとても恐ろしく…
僕はすぐにでもこの村を立ち去りたいような気分だった。
「母さん……あの……」
「……シンファ。あそこに青い屋根の家があるでしょう?
あれがガーランドさんの家よ。
……ねぇ、あそこまでどっちが早いか競争しない?」
「え…!?競争って……」
「あなたは子供の頃から走るのが遅かったわよね。」
そう言って、母さんは口元に小さな笑みを浮かべて……
「……じゃあ、行くわよ。
よ~い…どん!」
「え…?な、何!?」
僕が呆気にとられているうちに、母さんはもう駆け出していた。
「か、母さん…
そんなに走ったら……」
母さんはみるみるうちに僕を引き離し…茶色い土埃を舞い上げながら駆け続ける。
僕はわけもよくわからないまま、その後を追いかけて……
久し振りだね、大人になってからこんなことするなんて…
僕は、子供の頃を思い出しながら、母さんの後を懸命に走った。
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