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液体から棒を取り出すと、ベージュの木肌に文字が見える。カップの淵で残ったチョコをこそげ落としてみたけれど、意味不明な文字列が現れただけだった。
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これはなんだろう? メーカーのロゴにしては変わっているし、読み方も分からない。
祥子は考えるのをやめて棒をソーサーに戻し、熱いホットチョコレートを少しずつ啜った。甘い香りが鼻腔をくすぐる。なぜか、娘の心愛のことを思い出した。
最後に会ったのは1年半前、彼女が高校3年の初夏だ。施設の子たちが生活費を補うために寝る間を惜しんで刺繍したタオルをお土産に渡したのに、テーブルに乗せたままバッグにしまわなかった。
いつまでも反抗期みたいな目で睨んできた一人娘。あの子はどうしてあんな荒んだ目をしているんだろう。会うたびに伝えてはきたけれど、自分が恵まれていると本当に理解できるのは、もっと大人になってからなのかもしれない。
カップの中に棒を戻し、底に溜まったチョコレートをかき回す。それを引き上げたとき、祥子の目はベージュの木肌に釘付けになった。
茶色い液体が文字の上半分を隠し、意味のない文字列に見えていたそれに、メッセージがはっきりと浮かび上がっている。
(何なのこれ、どういうこと……?)
その時、枕元に置いた携帯電話が短く鳴った。祥子が戸惑いながらそれを手繰り寄せると、画面には元夫からのメール着信が通知されている。定期連絡は先日済ませたばかりだ。嫌な胸騒ぎがして、祥子は震える指でメールを開いた。
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