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祥子の目が、筆跡のない無機質な文章の上を滑る。何度も読み直し、その意味を理解したくない頭より先に、涙がこぼれた。
(そんな……)
娘が生まれてからのことが、走馬灯のように蘇る。
どうしても寝付かず、泣き続ける心愛を抱いて一緒に泣いた真夜中。時間をかけて作った離乳食が小さな手に払われ、床に散ったそれを歯をくいしばって掃除した夕方。
思い出すのは、娘の笑顔や愛しさではなく、育児で荒んだ当時の気持ちと気が狂いそうな閉塞感だった。
自分を犠牲にして懸命に育てても、誰にも褒めてもらえない。報われない労働に心がすり減り、娘との時間は、いつからかストレスが溜まるばかりの苦行になった。
認められたい、感謝されたい。「やって当然」の育児より、ボランティアとして充実した日々に身を捧げたい。その思いは日に日に膨らみ、若い祥子は衝動を抑えることができなかった。
(私は自分のわがままで、あの子を捨てたんだ……)
目を背けていた事実に苛まれ、祥子の目に涙が溢れた。
大人になれば分かってくれるはずだと自分に言い聞かせていた。心愛が大人になれないなんて、考えてもみなかった。
(どうして私は、あの子の声も笑顔も思い出せないの……?)
I love you
祥子は棒に浮かび上がった娘からの最期のメッセージを握りしめ、シーツをかきむしって泣いた。
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