わがまま

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「ありがとう」  産湯を済ませた赤ん坊を連れてきたスタッフに礼を言い、ヴァネッサは産んだばかりの娘を胸に抱いた。  彼女の赤ちゃんは未熟児でやせ細り、泣き声も弱々しい。それも無理ないことだ。良質な栄養を必要とする胎児の時期に、母親のヴァネッサは一日一食しか与えられず、運動も全くできなかったのだから。  赤ちゃんを優しく撫でるヴァネッサの笑顔は慈愛に満ち、神々しいほどだ。望んで宿した命でなくても、彼女自身まだ16歳という若さであっても、ヴァネッサはすでに母親なのだった。  祥子がボランティアスタッフとして働くこの施設には、20歳までの少女が30人ほど暮らしている。彼女たちは全員、国内にいくつもある「工場」から保護された子だ。  多くの途上国と同じように、この国では女性の地位が著しく低い。人権意識も希薄で、法律で禁じられている人身売買が横行している。土着の宗教が根強く残る地域では嬰児(えいじ)を使うおぞましい呪術もあり、生まれたばかりの赤ん坊の需要は高い。そのため、少女を誘拐、監禁し、産ませた赤ん坊を売買する犯罪が後を絶たないのだ。  ヴァネッサも2ヶ月前に摘発された「工場」から保護され、大きなお腹を抱えてこの施設にやってきた。祥子が初めて彼女を見た時、ヴァネッサは妊娠7ヶ月だというのにがりがりに痩せて、歩行もままならない状態だった。
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