わがまま

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「ショーコ、アリガトウ」  疲れ切っているはずのヴァネッサが、以前教えた日本語で礼を言ってくれる。 「がんばったねぇ、ヴァネッサ」  祥子の目に涙がにじんだ。出産の苦しみは、痛いほど分かる。祥子自身、26歳で一人娘を出産した時には、あまりの苦痛に半狂乱になり、「いっそ殺してくれ」と泣き叫んだほどだ。それに比べて、充分な医療設備も整わないところで、新しい命を誕生させた彼女のなんとたくましく礼儀正しいことか。  日本に残してきた祥子の娘は、ヴァネッサより3つ年上の19歳。離婚した夫が定期的に報告してくれる彼女の様子に、祥子はいつも眉をひそめてしまう。  大学生になった娘は四六時中スマホばかり見ていて、父親とはほとんど会話もないという。欲しいというから犬を飼ったのに、約束した散歩にも連れて行かず困っていると、先日のメールに書いてあった。いったい、命をなんだと思っているのだろう。  衣食足りて礼節を知ると言うけれど、何不自由ない生活をしている娘よりも、過酷な環境にいるヴァネッサや施設の子たちの方がずっとしっかりしている。比較すると我が子のわがままが余計に目についてしまい、祥子は深いため息をついた。
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