わがまま

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わがまま

「ショーコ! ヴァネッサの赤ちゃん、もう生まれそうよ! お湯、急いで!」  テントの中から緊迫した声をかけられ、大きなたらいを抱えた祥子(しょうこ)は足を早めた。湯気の当たる顔の前で、たらいに八割ほど入れた湯がチャプチャプ揺れる。  テントに入ると、少女の苦しげな呻きが聞こえてきた。目隠しのカーテンを回り込めば、地面に敷いたマットの上で四つん這いになったヴァネッサが、褐色の顔を真っ赤にして苦悶の表情を浮かべている。 「ヴァネッサ! もう少しよ!」 「もう頭が見えてるよ! 赤ちゃんもがんばってるから、一緒にがんばろう!」  少女を励ますのは、祥子の同僚の女性スタッフだ。ひとりは助産師、もうひとりは小児科医の資格を持つ国際ボランティアのメンバー。祥子はたらいを地面に置くと、かき回して湯温を確認した。  ホギャ……ッ ホギャアァ!  戦場なみに緊迫したテントに、この世界の空気を初めて吸った小さな産声が響いた。産み落とされた赤ちゃんは小児科医の手に受け止められ、助産師が手早く臍の緒を処置する。生まれたての命が運ばれたのは、祥子の用意したたらいの産湯だ。祥子は脱力してうつ伏せになったヴァネッサの頭側に跪き、母親となった少女の額を濡れタオルで拭いた。  気温計は35度を指している。乾季に入った11月、アフリカの太陽は容赦なく粗末なテントを照らしていた。夕方になり暑さのピークは過ぎたものの、テントの中はサウナのように蒸し暑い。祥子はヴァネッサを支えてマットの上に仰向けにさせ、清潔なタオルで汗まみれの身体を清めた。
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