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【 密事 】
猛禽のような鋭さを秘めるのに、どこか暗く陰っている灰藍の瞳。そこにその瞬間浮かぶ、“痛み”の色が。
少しだけ乾燥した、温度の低い唇から、耐えきれずに漏れる噛み殺し損ねた悲鳴が。
私は、大好きだった。
「───…はっ…──ぅ…ぐ、…──…」
それはまるで、嬌声のような。突き立てれば零れるそれに、口角が歪むのを止められない。
ぬるりと唾液の絡んだ舌先で、紅く染まったそこを嬲る。悪戯するように甘く歯を立てて、溢れたそれを啜る。
「ぅ…───ぁ、…」
口内を満たす、脳髄を痺れさせるような甘い味。衝動に突き動かされ、コクリコクリと喉を動かせば、彼の長い指が地面を掻いた。
おじょうさま。
音を発することなく、彼の唇が喘ぐように動く。
失血からその顔色は普段より白くなり、私がなにより愛する灰藍色の瞳は、虚になっていく。
「……だめよ、ヴィー。気を失ってはだめ」
だって私、まだまだ食べ足りないの。
そう口にして、彼の白い肩に歯を立てた。
──ビクリ、と。
これから訪れる痛みを恐れるように跳ねた彼を、ごく弱い力で抑えて。
「だいじょうぶよ、ヴィー。あともう少しだけ」
鍛えられた躰も、牙を立てられてしまえば容易く傷つく。
熟れた果実のように蜜が溢れる傷に口づけを落とし、彼の力が僅かに抜けた瞬間、舌先を強引に捻じ込んだ。
「ぐ、ッ───ぅ…──…!!」
ガリガリと地面に突き立てられる爪が、鈍い音を響かせる。
暗く澱んだ瞳に僅かに涙が浮かんで。それでも、私を突き放すことはない。
遠く、小鳥たちが晴れの日を祝うように歌う中。
温かな温室、綺麗に咲いた花々に彼を横たえて行う密事。
彼を、愛していて。可愛くて。
その気持ちが私を掻き立てて、喉が渇いてしまう。
「ヴィー。だいすきよ。貴方がすき」
ものを知らない子供のように拙い言葉。
お人形のように微動だにせず、浅い呼吸を繰り返す彼に、血濡れの唇で囁く。
首筋の、小鳥のようにトクトク動く血管をなぞって。仔猫にするように、喉元を指先でかいて。
「どこにもいかないで」
どうしたって、叶ってしまう願いを口にする。
血を失い過ぎた白い唇は、私の願いに言葉を返さない。
けれど、その灰藍色の瞳は私を捕らえて、ゆっくりと細められる。
それは、私と彼が出会ったときと同じ。
彼が私に、その不死の呪いが消えるまで忠誠を誓うと膝を折った、あの日と同じで。
「…ヴィンス。私の従者。私の護衛。私の犬。わたしの、いとしいひと」
血の味のする、冷たい唇にそっと触れて。
そして、また。
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