【 従者と少女 】

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    窓から射し込む朝日を浴びて、その白さを際立たせるベッド。 そこに、彼の主人であるミアは居た。 浅く上下する胸。陶器のように傷ひとつない肌。陽射しを浴びて輝く髪は柔く、白いシーツに淡い金の流れを作っている。 まだ夢でも見ているのか、長い睫毛は伏せられており。試しにその頬を撫でてみても、美しい翡翠がヴィンスを見ることはない。 「……ミアさま」 銀盤をサイドテーブルに。従者は軽く主人に肩に触れ、声を掛ける。 それでも彼女が目覚める様子がないので、そろそろ手段を変えるか、と考えていると。 「───あら。もう“ミア”と呼んではくれないの?」 耳に心地良い、澄んだ声。 春風のように柔らかいのに、聴き続ければ頭の奥がじんと甘く痺れていくような、危険な魅力を孕んだその声が。 彼のすぐそばで、鳴った。 白魚の指先がヴィンスの首元を滑り、頬、それから耳に触れる。 愛玩動物を愛でるような手だった。 柔らかく触って、撫でて、そして、悪戯に軽く爪を立てて。 反射的に、ほんの僅かに肩を震わせたヴィンスを見て、猫のように細まる翡翠の瞳。ゆるく弧を描く唇。 「っ…───」 万人が“彼女に触れたい”と望んでしまいそうな、匂い立つような色香に、くらりと視界が揺れる。 幾ら反応が警鐘を鳴らそうとも。一度絡めとられれば抜け出すことは難しい、毒のような主人(かのじょ)。 鉄面ではあるが、ヴィンスの灰藍色の奥に確かに苦しげな色が滲むのを見取り、ミアはクスリと笑って、白魚のような指先で彼の頬を撫ぜる。 「───おはよう、ヴィー」 他の誰も口にしない、彼女だけが使う愛称。 ……ぞくり、と。 それを耳にするだけで、よく調教された犬のような服従心が背筋を駆け上がり、ヴィンスは彼女に悟られぬよう灰藍色をゆっくりと伏る。 この数年ですっかり耳に馴染んだ音の羅列。それはまるで心臓に絡みつく見えない鎖のようで、従者は浅く息を吐き、その腰を折った。 「おはようございます、お嬢さま。朝食の用意が整っております」      
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