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陽の光に透けて輝く、柔らかで美しい髪。
緩くウェーブを描くそれに櫛を通しながら、従者はチラリと主人の横顔を見た。
宝石を填めたような翡翠の瞳は僅かに伏せられ、長い睫毛が影を落としている。
口紅の必要のない唇は常に潤っており、今はそっとティーカップに触れていた。
精巧な人形のような、美しき主人。
「……そんなにじっと見つめられると、紅茶が飲めないわ。ヴィー」
ヴィンスの手から結い途中の黄金色が滑り落ち、大きな翡翠の瞳が彼を見上げる。
しなやかな指先が漆黒の髪に触れ、柔らかく撫ぜて。最後に、彼のために特注で作られた上等な服の首元に触れた。
「ヴィー、教えて。なにを心配しているの?」
服の下に隠されたものの存在を、確認するような。
そして、彼に所有者は誰なのかを教え込むときと、同じ動き。
心の奥、隠した感情まで暴いてしまうような澄んだ翡翠に覗き込まれ、ヴィンスは重い口を開く。
「今日はアバーライン家の方々がいらっしゃいます。当主のエイフラム様と、御子息のハリス様です」
「ええ。聞いているわ。……もしかして、心配してくれているのかしら」
主人の言葉に、従者は少しの間の後、微かに頷いた。
このレインスワーズ家の別荘は深い森の奥にある。
本家は別にあり、ここには屋敷の主人であるミアと、その従者であるヴィンス。それから数人の使用人しかいない。
レインスワーズ家は伯爵の地位を頂いており、その関係で家を訪れる者はいるが、通常、そういったことは本家で完結しており、別荘まで足を運ぶ者はいなかった。
──しかし、別荘を訪れる者がない訳ではない。
伯爵の地位を持つレインスワーズ家の秘された存在。
森の奥深くに数名の従者のみと暮らす、謎に包まれた、しかし世にも美しき少女。
そんなミアに興味を持ち、この屋敷を訪れる者は確かにいた。
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