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従者の灰藍色の瞳の奥に揺らぐ、何かを危惧するような感情。それを主人である少女は正しく見取り、ゆっくりと目を伏せる。
「……ヴィンスはやさしいのね」
吐息のような、ほんの小さな声。
しかしそれを聞き流す男ではなく、ミアの言葉にヴィンスは耳をそばだてる獣のように反応し、灰藍の瞳は主人だけに向けられる。
「──大丈夫よ。貴方が案じるようなことはなにも起きないわ」
普段と変わらない、穏やかな声。けれどどこか、この先の未来を断言するような、強い言葉に。
ヴィンスは狼のそれに似た瞳をじっと主人の横顔に向けたあと、その言葉に従うように視線を外した。
再度、行儀良く座る少女の髪に触れると丁寧な手つきでそれを編み込んでいく従者。
壊れ物に触れるように、やさしく触れてくる手がくすぐったくて。少女は時折クスクスと笑いながら、彼の淹れた紅茶を楽しむ。
そして、不意に。素敵なことを思いついたとでも言うように、彼女は言葉を紡いだ。
「今日はヴィンスにお洋服も選んでもらおうかしら」
突然の言葉に、ピタリと止まる従者の手。
その手からヴィンスの動揺がありありと感じられ、ミアは自然と上がる口角を隠すために、また紅茶を一口口に含む。
「…、…それは他の者に任せた方がよろしいのでは。俺は来客時にふさわしいものなど選べません」
「あら、そんなことは気にしなくていいのよ。ただ今日は貴方に選んでほしい、それだけ」
彼の反応を楽しむような、悪戯っぽさを孕んだ声音にヴィンスは僅かに眉を寄せる。
しかし、一介の従者でしかない彼に反抗などできるわけもなく。小さく溜め息を吐くと、衣装の仕舞われたクローゼットへと向かった。
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