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今日屋敷を訪れるアバーライン家の地位はレインスワーズ家のそれと同じ。
無礼な振る舞いはあまり許されるものではないが、おそらく、彼女は屋敷の中までは通さないだろう。
ある種の予感からそう思考すると、そっと灰藍色を伏せ、数多くある衣装に視線を走らせる。
その中でも彼女の髪色に合う淡い色合いの細身のドレスを見つけると、一考してそれを手にし、従者は主人の元へと踵を返した。
「今日は陽射しが強い日になるはずなので、薄手のものを選んでみました。透かしに薔薇の刺繍も入っていますので、庭園でお会いになられるなら、こちらがよろしいかと」
「そう。貴方がそう思ったのなら、今日はそれにするわ。着替えさせてくれる?」
「貴女のお望みのままに」
従者の男は一度軽く腰を折り、ミアの前に跪く。
灰藍の瞳が主人を見上げ、そのゆったりと作られた寝衣に手が伸ばされた。
──ひとつ、ひとつ。寝衣のボタンが外されていき、白い肌が惜しげなく晒されていく。
触れればしっとりと吸いつくような肌であり、男なら誰しもが劣情を抱きそうな裸体であったが、灰藍の瞳に感情の波は起きない。
淡々と、無感情とも取れる鉄面が主人の寝衣を脱がせていき、最後にそれは音なく地に落ちた。
窓から射し込む光の中で、ぼんやりと立ち尽くす美しき少女。
精霊、とでも言われれば信じてしまいそうな彼女の、翡翠の瞳がただ主人からの命だけを待つ灰藍のそれと合い、ミアの顔に静かな笑みが浮かぶ。
「いい子ね。私の大事な、かわいいヴィー」
その、従順な飼い犬の忠誠心だけを持ち合わせる従者の姿に、ミアの胸は甘く疼いて仕方がない。
叶うなら、たくさん褒めて、甘やかして。その躰に所有の印を散らしたくなるけれど。
もう幾ばくもなく来客があると考えれば、その砂糖を煮詰めたような感情をここで出すわけにはいかなくて。
「ヴィンス」
ただ、愛しい彼の額に、小さな口づけを落とすだけ。
それだけの触れ合いで、彼女はヴィンスから躰を離した。
軽く屈めた躰を戻し、サラリと落ちた髪を耳にかける。一度きりの触れ合いなどではとても満たされない渇きを飲み込み、濡れた瞳をほんの僅かに身を固める従者に向ける。
「続きは、またあとで」
「……渇いていらっしゃるのですか」
「ううん、…大丈夫よ、ヴィー」
決して感情を見せない、静かなばかりの彼の灰藍に、この後のことを思ってか読み取るのが難しい感情がじわりと浮かぶ。
それは、痛み? 戸惑いや怯えの色だろうか。はたまた、彼も気づかない内に“期待”なんて感情も混ざっているかもしれない。
何にしても、胸の内を焦がす感情を目の前の男も持ったことに、ミアは口角を上げる。
目を合わせれば、毒のような感情が移りそうな、危険な色をした主人の瞳。
じくじくとした焦燥感にも似た、言葉にできない感情が腰に溜まるのに、ヴィンスは灰藍色をそっと彼女から逃す。
皺がつかないよう、ベッドに広げておいたドレスを手に取り、衣擦れの音と共に主人を着替えさせていく。
最後に輝石の填まったイヤリングと首飾りをつけ終えると、従者は次の命令を待つ犬のように少女の表情を伺った。
どこか楽しそうな色を滲ませる翡翠と目が合って、ほんのり薔薇色に染まった唇が動く。
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