Chapter.2

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Chapter.2

■chapter.2-1  自暴自棄みたいになってた。自分でもそういう自覚はあった。でもそれを誰かに気づいて欲しかったとか、何かへの当てつけのつもりでやっていた訳じゃない。  ただ、かったるかった。なにか大事なものと俺はきっと向き合えてなくて、それと向き合わなきゃいけないんだろうなとは薄々わかっているのに、だけどどうしてもそれが億劫で、やりたくなくて、だから見ないようにしてたんだと思う。  大学一年の前期の途中で、ひろに「別れてほしい」と言われた。  それを言われる数ヶ月前から、ひろが何かを言い淀んたり考え込んだりしていることがあって、俺はそれに気づいていたけど何も言わないでいた。なんとなく、その蓋を開けたら楽しくない話が始まるんだろうなと思って、だから目を逸らした。  ひろは俺に告げる時、何回も「ごめんね」と繰り返した。それから「好きじゃなくなったわけじゃない」ということと「今まで本当に楽しかった」ということを、言葉を変えながら、何度も俺に伝えた。  ひろとは高校二年生の冬頃から付き合い始めたから、別れを切り出されたのはそれから一年半くらい経って、ということになる。  その一年半の間、毎日ずっと、俺は本当にひろのことが好きだった。多分ひろも、俺の自惚れじゃなければだけど、俺のことを好きでいてくれてたと思う。  別れを切り出された時、真っ先に「なんで」と聞いた。ひろはその問いに「一緒にいると、どこかがボロボロになっていく気がする」と答えた。  俺は短気だ。売られた喧嘩もすぐ買う。怒ると言葉は乱暴になるし、それに加えてガサツで面倒くさがりだ。  ひろが言ってるのはそういう部分のことなんだろうか。  けど俺は、ひろに怒りをぶつけたり喧嘩をしてあたったりしたこともない。それからひろは俺のだらしないところに時々困った顔はしてたけど、それでも本気で嫌な顔をされたことなんて、なかったように思う。  …いや、きっとどちらも違うんだろう。ひろが俺と別れようと思った理由は、そういう部分じゃない。 「どこ直したらいい?直すよ」 「ううん、違う。ほ、穂輔くんは悪くないよ」 「いや言ってよ。直すっつってんじゃん」 「違うよ、私が弱いからいけないんだ。ほ、穂輔くんじゃない」 「なんなの、そんなんで俺が分かりましたって言うと思ってんの?」 「うん、そ、そうだよね。ごめんなさい」  ひろの言う言葉が、一つも理解できなかった。一年半も一緒にいて、今もこんなに好きなのに…おかしいよな。俺はその時本当に何一つ分からなかったのだ。  そして、分からないことにイライラした。嫌いになったんじゃないなら、なんで別れるとか言い出すんだよ。納得できる理由をちゃんと言えよ。  その苛立ちを何とかひろ自身にぶつけないよう気をつけながら、俺はひろの手を取る。 「別れたくないんだけど」 「……」 「俺、ひろが好きなんだけど」 「……」 「ねえ、やなんだけど」 俺の言葉にひろは答えなかった。伏せていたひろの目に、どんどん涙が溜まる。なんだよ、まるで俺がいじめてるみてーじゃねえか。 「…泣きてえのはこっちだよ」 呟いたどうしようもない本音は、吐き出した後その格好悪さに気付いてみっともなく真下に落っこちていった。ひろの思いを汲み取ってやれないくせに、こんな言葉は平気で投げつけるんだ。自分が最低な奴に思えた。 「…ほ、穂輔くんに、大事に、さ、されてないんじゃないかって」 やっと口を開いたひろの、その言葉に俺は心底驚いた。 「ずっと…ふ、不安があって、そ、それが消えなかった」 「……」 「ごめんなさい…消えなかったです…」 大事にされてない。ひろが言った言葉を頭の中で何度も再生する。俺がひろを、大事にしてない。…なんで?どういう時に、どういう風にしてそれをひろは感じたわけ? 「俺の気持ちが信用できないってこと?」 「そ、そ、そうじゃないよ」 「は?じゃあなんなの」 「…ほ、穂輔くんの気持ちは、いつも、ちゃんと伝わってたよ」 「じゃあ何で不安になんの?わかんねえよ、ちゃんと説明してよ」 伏せられたひろの顔を強引にこちらに向かせ、その目を見つめる。  ひろは、泣いていた。まっすぐ頬を滑り落ちる涙をそのままにして、ひろはその軌道と同じまっすぐさで俺を見ていた。 「す、す、好きだと思ってくれてるのは、わかるよ。だけど、大事にされてるかは、今も分からないです」 「……」 もう俺は、何も問いただせなかった。ひろの言ってることを理解したからじゃない。ひろの声と目にあまりにも迷いがなくて、それにたじろいでしまったからだ。 「…あ、そう」 わからないまま、貰った言葉を受け取る。握っていた手を解いて頭を乱暴に掻いた。ひろの言葉を繰り返しなぞるが、それでも俺の頭はまるで遮断するように、その言葉の意味を欠片も噛み砕こうとはしない。 「…わかったわ」 ああ、今の言い方はひどいなと自分でも思った。捨てるように、吐くようにして放り投げてしまったのだ。  だけどひろは俺を責めない。涙を手の甲で拭いてから「今までありがとう」と、最後にそれだけ言って、俺に頭を下げてみせた。  それから、今までは当たり前のように隣にいたひろがいない生活が始まる。  今日こんなことあってさ、とか、今度の休みはどこ行く?とか、○○のCD買ったから一緒に聴こうとか、あれ美味しかったまた食べようとか、会いたいとか好きとかおやすみとかおはようとか、それら全部を伝える相手がいなくなって、俺は馬鹿みたいに途方に暮れた。  開いた穴はでかすぎて、それが一体どれくらいの大きさなのか自分ではよくわからない。分かってしまったらいよいよ自分の足で立ってることもできなくなりそうで、怖くて、だから俺は考えるのをやめた。  考えるのをやめる、というのは、物凄く簡単なことだった。 ■chapter.2-2  それからは大学に行くのもかったるくなって、出席日数が危ない講義の日以外は家でダラダラ過ごすことが増えた。  とりあえず煙草を吸って、とりあえず缶ビールを空けて、CDを爆音でかけて一人それを聴く。  高校卒業と同時に、数年続けていたバイトを辞めていたから俺は金欠だった。親父は学費を払ってくれ、毎月少しの小遣いもくれていたが、それもほとんどが煙草と酒に消えていた。親父に金をせびることはさすがにできなかった。  親父は仕事が忙しくて家を空けていることが多い。それをいいことに大学を休んで家で時間を浪費してる自分に、さすがに負い目を感じていた。  そういえば明日は単位が危ない講義がある日だ。とりあえず大学に行かなければ。そんな風にして、まるで気まぐれのように大学に通う。  このままじゃ良くないとは分かっているのに、それを立て直すことが今の自分にはできない。楽しみややりがいのない毎日は消費と浪費の繰り返しだ。俺の目には日々が灰色一色に映っていた。  ひろと別れてから半年と少し。考えることを手放したまま、俺は大学二年生になっていた。  コマの間が空く時は大抵、校舎内の喫煙所で煙草をふかす。その日もいつものようにipodの中の曲をヘッドホンで聴きながら煙草を消費していた。  煙草が切れたので新しいものを買おうと自販機の前で財布を開く。けれど中には三百円しか入っていなくて、俺は思わず舌打ちをした。  くそ、ついこの前五千円札を崩したばっかりなのに。何にそんな金使ったんだろ俺…いや、煙草と酒か、そうだった。  次に親父に小遣いを貰う日は一週間くらい先だ、それまで煙草は吸えそうもない。耐えられるだろうか、いや自信がない。何か手っ取り早く金を得られる方法はないか、考えるけれど特に方法は思い浮かばず、もう一度を舌打ちをした瞬間、後ろから誰かに声をかけられた。 「アメスピっしょ?買ってやろっか」  振り返ると茶髪の男がそこにいた。知らない奴だ。きっとここの学生ではあるんだろうけど、俺はその男の顔は勿論、名前や学年も知らなかった。 「…いや、えーと…」 買ってもらう義理などないので断ろうとするが、男は俺の言葉を待たずに自販機に五百円を投入し、俺がいつも吸っている銘柄のボタンを押した。 「ほいどーぞ」 「…どうも…」 新品の箱を受け取って、とりあえずお礼を言う。男は気に留めず灰皿の方へ移動して自分の煙草に火を点けた。 「困ってる時はお互い様っつーことで」 「…はあ…」 「たは、先輩の受け売りなんだけどねコレ」 男はニッと笑って煙草を美味そうに吸い込んだ。  どうして俺の吸っている銘柄を知っているのか、そもそも何故見ず知らずの奴に煙草を買ってやろうなんて思ったのか。  分からないことばかりだったが、最近は物事に対してすっかり考えることがが億劫になっていた、そのせいだろう。この時も俺は深く考えずに煙草の箱のフィルムを開けたのだ。 「きみの事よく見るんだよここで。一年?」 茶髪の男は俺が煙草に火を点けるところを見てから話し始めた。 「…二年す」 「へー、俺ね、今五年生」 「そうなんすか」 「うん、ちょっと今年も卒業できるか怪しいけど。や~遊び過ぎたかな」 「……」 特に聞きたいこともないので黙って煙草を吸っていると、男は笑った顔のまま俺の方を見た。 「ね、イケメンだね」 「…は?」 「彼女いる?」 「……」 「いや、いるか。なんか可愛い彼女いそう」 「…いねえよ、なんなんだよさっきから」 唐突に振られた話題に腹が立ち、不快を隠す気もないまま答えた。すると男は「たははごめんごめん」と、全く悪気がなさそうに謝って笑った。 「じゃあ今フリーなんだ、ふーんそっか、ほ~」 「…」 男が何を言いたいのか分からない。触れられた内容も苛々する。この一本を吸い終わったら少し早いけどここから移動しよう。  そう思いながら煙草を乱暴に吸い込むと、男は短くなった煙草を灰皿の中央に押し付けながら話を続けた。 「メチャクチャ割のいいバイト知ってんだけど、やる?」 「…」 「前借り制度もあるから即金で貰えるよ。日給二万は固いかな。ど?」 「…は?」 男は間髪入れず新しい煙草に火を点ける。男の手の中のラッキーストライクはみるみるうちに短くなって、ああこの人も随分消費が激しい方なんだなと思った。 「試しに一日やってみて、合わなかったらやめてもいいし。ど?」 「…怪しい仕事なんじゃないんすか」 「まー勤務時間は夜だけど。でも怪しくはないかな〜。うん」 俺の心は傾いていた。だって金が欲しい。最近の自分の吸い方は本当にチェーンのようだと思う。嘘みたいに煙草がなくなっていくのだ。  財布の中身と煙草の残りの本数を気にしながら吸うのは煩わしくて、いつも俺をげんなりさせていた。…そういう思いを、しなくて済むようになるなら。 「初日で辞めても、二万貰えるんすか」 「貰えるよ!よっしゃ決まりね、今夜空いてたら一緒に行こ!」 強引とも言える男の返答に、俺は異論を唱えることはしなかった。金が欲しい。だって今の俺には煙草と酒くらいしか、時間を潰せる方法がない。  茶髪の男はそのあと、自分のことを「クレ」と名乗った。本名は結局、今も知らないままだ。 「んーと。きみの名前は?」 「…稲田」 「イナダ?おっけおっけ。下の名前は?」 「穂輔」 「ホスケ?へぇ変わった名前。ホスケね、おっけー!」 クレさんと連絡先を交換した後、先に喫煙所から離れたのはクレさんの方だった。夜の九時くらいに連絡するからと言われ、俺は貰った煙草の七本目に火を点けながら頷いた。 ■chapter.2-3  その日の夜、宣言通りクレさんから着信があった。  今どこにいるのか聞かれ自宅にいると答えると、通話を切った後住所を送ってくれと言われた。どうやら車で迎えに来てくれるらしい。  通話を切り、住所を送信してから数十分後、家の前で車が止まる音が聞こえた。 「ホスケー!お待たせー!行くぞ〜!」 クレさんは助手席の窓を開けて俺に笑いかけた。車の中にはクレさんの他にも、運転席に男が、後部座席に女が一人座っていた。 「…はあ」 中身が三百円しか入っていない財布とスマホだけを持って、俺は扉を開けて後部座席に座る。女は少し奥に詰め「はじめまして」と俺に会釈した。 「へー、こいつが大学の喫煙所にいたん?」 運転席の男がバックミラーで俺のことをちらりと見ながら言った。 「そうなの、困ってたから助けてあげたの俺」 隣のクレさんがそう答え、前から顔を覗かせて俺に「ねー」と同意を求めた。 「えー、いま何年?」 隣の女が俺に尋ねる。 「二年す」 「そうなんだ、若ーい!じゃあ二十歳なりたて?」 「…や、誕生日、十一月なんで」 「え!じゃ未成年じゃん、クレちゃん駄目だよ未成年連れてったら」 女は驚いた様子で前方座席に向かって言うが、クレさんは「だいじょぶだよ〜」と軽い返事をするだけだ。 「あの店、他にも何人か未成年いるし。ホスケならうまいことやってくれるよ。ねー」 またクレさんに同意を求められる。俺は話が見えないままだったので「知らねえよ」とだけ返した。俺の返答に、今度は運転している男が笑う。 「こんな無愛想な奴に出来んのかよ、無理だろ」 「いやホスケはやってくれる男よ。俺は信じてる」 クレさんと運転手の男二人は楽しそうに会話を始めた。俺は微塵も興味がなく、早く煙草が吸いたいと思いながら窓の外の景色を眺めていた。 「ねえねえ、ホスケくんだっけ。私、りん。よろしくね」 隣の女が俺の肩をつついてそう言った。 「…はあ」 「ホスケくんかっこいいね。ねえねえジャニーズのさぁ、××に似てるって言われない?」 「……」 女は俺の眉毛や目元あたりを指差して「ホラこの辺とか」と言った。 「超似てる〜。かっこい〜!」 「おいおい公開浮気してんじゃねーよ、デクに言いつけんぞ」 「こんなんが浮気になるんだったらデクは何回浮気してることになんのよ」 運転手の男と女が今度は会話を始める。  俺は車内全ての会話がどこか遠い場所で行われているような感覚がして、心底どうでも良くて鬱陶しくて目を閉じた。  車が到着したのはマンションの地下駐車場だった。車から降りてエントランスに回る。 「四階に行くよーん」 クレさんが先陣を切ってエレベーターに乗る。 「高層マンションの最下層っつってな」 「それは言わない約束でしょうが」 男二人はエレベーター内でケラケラと笑い合っている。その背中越しに見える階のボタンが21まであるのを、ぼんやりと俺は眺めていた。 「ホスケの顔、明るいとこでやっと見れた」 俺の隣に立っていた女が、そっと手の甲を指で触ってきた。 「…すごいかっこいいね。今フリーってホント?」 中指を掬われて、絡めとられる。女の長い爪の先が手のひらを擦るのがくすぐったくて、俺は思わず指を解いた。 「ホスケかわいい」 女は嬉しそうに笑った。かわいいと言われるのは全然面白くない。舌打ちしそうになって、けれどちょうど四階に着いたので俺はそっぽを向いたまま歩き出した。  廊下を進んで、ある一室のドアの前で止まる。クレさんはインターホンを連続で4、5回鳴らした。中からの反応を待たずにクレさんはドアを開け、俺を含む三人に「どーぞ〜」と言った。 「ここね、仲間うち何人かで使ってる部屋。入って入ってー。ねえ今日言ってたホスケって子、連れてきたよー!スーツ出しといてくれたー!?」 クレさんは靴を脱ぎながら中に向かって叫び、そのままドタドタと奥の方へ進んでいく。  玄関は革靴やスニーカー、サンダル、それから女物の靴なんかで散らかっていた。中に何人いるんだろう。 「お邪魔しまーす」 女が靴を脱いで「ホスケもおいで」と俺の手を引いた。車を運転していた男はその一部始終を見た後に笑って「どんだけお熱だよ」と呟いた。  奥に進む。廊下の左手に部屋が二つ、さらに進むと一番奥に広いリビングと、その左右に部屋がそれぞれ一つずつあるようだった。  リビングには大きなソファが置いてあって、その上で男が一人、その足元で男がもう一人、いびきをかきながら寝ていた。 「なぁんで寝てんだよ、スーツ出しといてって言ったじゃん!」 クレさんがソファの上で寝ている男の体を揺さぶる。起こされた男は目を擦りながら「ごめん寝ちゃった」と怠そうに言った。 「あと二十分くらいで出るんだから、早くスーツ!」 「うん、うん、わかってるわかってる」 ソファで寝ていた男は、そう言いながらゆっくりと体を起こした。そしてリビングの右奥の部屋に移動する。どうやらそっちの部屋に目当ての物があるらしい。 「おーいデクくん、りんちゃん来たぞー」 クレさんは今度、床で寝ている男を起こそうと  その体を揺さぶった。男は少しだけ呻いた後にゆっくり目を開けた。 「…ん〜…りんちゃんどこ…」 「ほらそこ。あとねホスケも連れてきた。昼に言ったっしょ、大学の喫煙所で声かけてさ」 眠そうに欠伸をしてのそのそと立ち上がる。デクと呼ばれた男はこちらに気づくと、軽く会釈をした。 「あー…ホスケくん?初めまして」 「…うす」 俺の返事はどうでも良かったのだろう、その人は俺の隣にいた女の元へ進み、人目もはばからずその体を抱きしめた。 「りんちゃーん」 「うわ、デク香水クッサ。付けすぎ」 「りんちゃんはいい匂いですね〜」 デク、という男はそのまま女の首筋あたりを嗅いでからそこに舌を這わせ始める。 「やだぁ、やめて」 「なんでよ〜いいじゃん」 二人はクスクス笑いながらそのまま体をくすぐったり触りあったりしている。見たくもない光景が真横で突然繰り広げられ、俺はげんなりしながら目を逸らした。 「ほどほどにしてよお二人さーん」 クレさんがため息をつきながらソファに座り、テレビをザッピングする。恐らく二人のこういった場面は見慣れているのだろう。呆れながら笑っているような感じだった。 「…ホスケ、お前デクには気をつけろよ。ケンカつええぞアイツ」 車を運転していた男が、そっと俺に耳打ちする。 「りんとヤッたりすんなよ、一応忠告な」 「…は?」 男はニヤリと笑って、そのままクレさんの隣に移動してテレビを見始めた。  その斜め後ろで、俺はよくわからないまま突っ立っている。部屋は煙草と、それから香水の匂いで充満していた。気分が悪くなりそうだった。 「おまたせ、スーツ見つけた」 奥の部屋から出てきた男はビニールがかかったスーツを持ってリビングに戻ってきた。クレさんは元気に立ち上がり「よし!」と言った。 「じゃあホスケこれ着てね。あと十分で出なきゃいけないからチャチャッとよろしく!」 「…はあ」 どんな仕事内容かも聞かされないまま、俺は綺麗に畳まれたスーツを受け取る。スーツを出してきてくれた男は「こっちで着替えよっか」と言って俺を廊下の左にある部屋へ誘導した。 「ん?なんで?こっちの部屋で着替えれば?」 クレさんがソファの背もたれ越しにリビングの左側の部屋を指さすが、男はヘラリと笑って首を横に振った。 「だってそっちの部屋、キーくんとこずえちゃんが寝てんだもん」 まだ他に人がいたのかと俺は内心驚く。クレさんは「そっかー」と納得し、またテレビの方へ向き直った。  部屋へ移動してスーツを着る。深い紺色の生地に黒の細い線が入ったジャケットとスラックスは、どちらもちょうど良いサイズだった。  俺と一緒に部屋へ入ってきた男も、俺の向かいでスーツに着替える。 「えっと、ホスケ?よろしくね」 男は力の抜けたような顔で笑ってそう言った。 「…はあ」 「俺のことはメゾって呼んでね」 「…うす」 こんなに一気に、人の顔と名前を覚える羽目になるなんて思っていなかったので少し困惑した。クレだのデクだのメゾだの、似たような名前ばかりでこんがらがる。 「スーツちょうど良さそうだね、よかった。そしたら車ん中で髪の毛セットしよっか〜」 ほぼ同時に着替え終わり、メゾさんが部屋の扉を開けた。 「クレくん着替えたよ〜」 リビングの方から「はーい」という返事が聞こえ、クレさんが車の鍵を指に引っ掛けながらこちらにやって来た。 「じゃ、俺たち行ってくるんで皆さん後はごゆっくりー」 クレさんは廊下に立った俺たち二人を見てウンウンと頷いた後「いいねいいね、似合う」と俺の肩を叩いて笑った。 「靴のサイズいくつ?下駄箱ん中に革靴いっぱい入ってるからさ、合うやつ選んで履いてっていーよ」 言われた通り下駄箱の中を覗いて自分のサイズに合った靴を見繕う。その時後ろから、りんさんに「ホスケ」と名前を呼ばれた。 「わ、スーツ似合う…かっこいいねホスケ」 「……」 「行ってらっしゃい。誰かに歳言っちゃ駄目だよ」 「…うす」 りんさんに見送られ(後の人たちは特に見送りなどはなかった)、俺はメゾさんとクレさんと共に車に乗り込んだ。 ■chapter.2-4  次に車が停まった場所は繁華街の中の店、その裏手側にある駐車場だった。クレさんは「急げ急げ」と言いながら慌てた様子でエンジンを切った。 「よし行こ。とりあえずホスケは歳聞かれたら二十歳って言っといてね。ここ店の裏口。こっから入れるから」 クレさんが早口で説明しながら先陣を切る。メゾさんは俺の隣で欠伸をしながら手首と首元に香水を擦り付けていた。  裏口の扉を開け、店の中に入る。紙がたくさん貼られた細長い通路の先にもう一度扉があり、そこを開けると白く濁った空気が扉の隙間から漏れ出した。これは、煙草の煙だ。 「店長ー!連れて来ましたー!」 クレさんが部屋の中に飛び込み叫ぶ。俺は扉の前で一旦立ち止まったが、後ろにいたメゾさんに「入って平気だよ」と言われ、背中を軽く押された。  中に入った途端、煙たく濁った空気が両目に染みた。部屋を囲むように壁に沿ってソファが設置され、そこに何人かスーツを着た男たちが座っている。  他より一回り歳を取っていそうな男が俺の前に現れ、俺のことを一瞥する。男の首にはストラップのついた携帯電話がいくつもぶら下がっていた。 「うん、うん…うん。えーと一応ね。今おいくつですか?」  聞かれ、俺は「二十歳です」と答える。男は「はい」と短く頷いて、それから「じゃあ採用です」と言った。 「あ、メゾ。お前最初についてやって。表でCやってきて。三十分くらいしたらお前だけ戻ってきていいから」 「C?うわーいつぶりだろ。了解です」 メゾさんは笑いながら頷いて、部屋の隅にある段ボールの中からなにかの紙の束を持ち出した。 「クレ、紹介料ニ万。ほら」 クレさんが男から茶封筒を受け取る。クレさんは男に頭を下げ、それから俺に「サンキュー」と口パクで言った。  そうか、今やっと合点がいった。この紹介料のためにクレさんはあの時、喫煙所で俺に煙草を買い与えたのだ。 「ホスケ行こ。メチャクチャ簡単だからすぐ慣れるよ」 メゾさんが俺の肩に手を置く。俺は言われるがまま、流されるまま、未だ内容の分からない業務へと就くことになった。 「まあ要はね、キャッチなんだけど」 店の表へ移動したところでメゾさんが俺に仕事の内容を説明した。 「この紙配りながら、羽振り良さそうな女の人に声かけてくだけ。入店させらんなくてもあんま気にしないで。紙がなくなったら終わりでいいから」 「…はあ」 「で、ちょっとコツがあってさ。三種の神器って呼ばれてるセリフがあんのね。まず「メチャクチャかわいいですね!」って、驚いた感じで声かけるの。あ、綺麗ですねとかでもいいよ」 「…」 「それで立ち止まってくれたら「お姉さんにだったら特別待遇効くと思います」って言ってね。それで、インカムで中の人と何かモショモショ話すフリして」 「…フリ、すか…」 「うん。このインカムみたいなやつ、別に中と繋がったりしてないから」 そう言ってメゾさんが俺に渡したのは片方だけの黒いイヤホンだった。コードの先には何もついていない。 「これ、コードの先をさ、こうやってポケットに入れといて。…ね。なんかそれっぽく見えるでしょ」 「…はあ」 「それで最後に「VIPご案内できるんですけど…他のお客さんには内緒にしといてもらえます…?」って、ちょっと困った感じで言えたらオッケー。これで入店断られたら潔く諦めていいよ」 「……はあ」 「あは、まあ見てて。今から俺やってみるからさ」 メゾさんはインカム(のようなもの)をしっかりと片耳にはめ、街を歩く通行人を選別し始めた。  少しして、身なりが派手な三十代後半くらいの女に目をつけ、メゾさんは声をかけに行った。 「すみません!ちょっと、うわ…メチャクチャ綺麗ですね!あの、うちの店、お姉さんにだったら特別待遇でご案内でき…」 女は視線を交わすこともないまま足早に過ぎ去っていってしまった。メゾさんはこちらを振り返り、笑いながら「こういう感じが9割だから」と補足した。  それから数十分、メゾさんは見本を見せてくれた。メゾさんの誘いに乗った客は一人。声をかけた人数を分母にして考えると、たぶん三十分の一ほどだ。 「一時間やって一人も捕まえらんない、なんてこともザラだから。まあ気楽にやってみてね。この紙配り終わったら正面からお店入ってきてくれて大丈夫だから」 「…はあ」 「じゃあ俺、中戻ってるね。また後でねホスケ」 メゾさんは手をヒラヒラと振りながら店内へ入っていってしまった。  俺は手元の紙の束を見る。『CLUB-dire-』と大きく印字された下に、アルコールのメニューが載っている。  ようやく俺は今から自分が何をするかを理解した。要は、ホストクラブの客引きだ。  そんな仕事はもちろん生まれてこのかたした事がないので困った。まず、街を行く人に声をかけることができないのだ。 「……」 立ち尽くすだけで、多分十分は過ぎたと思う。このままではどうにもならない。とにかくメゾさんに言われた通り、手元の紙だけはなくさなければいけない。  頃合いを見計らって、どこかにまとめて紙を捨てて店の中へ入ってしまおうかとも一瞬考えたが、割りかし丁寧に業務を教えてくれたメゾさんのことを思うと少し気が引けた。まずは一枚、誰かに紙を渡さなければ。  その時ちょうどキャバクラで働いていそうな派手な見た目の女が目の前を通った。数歩追いかけて「あの」と声をかける。しかし、女は止まることも振り返ることもしなかった。完全にシカトだ。こういう客引き行為に慣れきっているのだろう。  俺はまた違う女を探す。今度は少し年齢がいっていそうな女に声をかけるが「急いでるんで」と遮られ喋る余地を与えてもらえなかった。  こんな調子で紙が捌けるのか甚だ疑問だったが、とにかく続けるしかない。  金のためとは言え、よく自分はこの仕事を引き受けたものだと思う(もっとも、内容の説明なんて殆どなかったが)。悪いがこれが俺に向いている仕事とは到底思えない。やっぱり今日の分の金をもらえたらそれで辞めよう。  今度は楽しそうに喋りながら歩く女二人組を見つける。俺はダメ元でその二人に声をかけに行った。 「あの」 二人はこちらを見て一瞬足を止める。足を止めてもらえたのはこれが初めてだった。 「…メチャクチャかわいーすね」 メゾさんに言われた通りに勧誘を開始する。すると女の一人がおかしそうに笑った。 「あはは、超棒読み」 もう片方の女も「ほんとだ」と笑っている。二人は立ち止まったままだった。 「…や、ホントに思ってるんで」 「うそだー、マニュアルトークでしょそれ」 「お兄さん新人の人?見たことないかも」 「…はあ、まあ」 頭をかきながら頷くと、女二人はケタケタと笑った。二人からは客引き行為に対する苛立ちを感じない。もしかしたら、この紙を渡すくらいならできるかもしれない。 「紙、貰ってくれる?」 二枚差し出すと、女たちは快くそれを受け取ってくれた。 「紙貰うだけでいいの?」 「うん、どうも」 「じゃあもうちょっと貰っといてあげる」 そう言って女たちは5、6枚、俺の手から抜き取っていった。 「どうも」 お礼を言うと「バイバーイ」と手を振られた。入店はなかったが紙を少しだけ捌くことができ、俺はやっと肩の力を抜いた。  それから何人かに声をかけ、メゾさんから教わったやり方ではなく「貰ってくれるだけでいいんで」と勝手な謳い文句を作って紙を配った。一人も入店させられなくても気にしないで、と言われているのだ。だったら紙を手元からなくすことだけに焦点を当ててしまえばいい。俺は街行く女に紙を配り続けた。  紙の量が最初の三分の一ほどになったところだった。二十代後半くらいの綺麗な女が目の前を通ったので紙を渡しに行く。 「あの、これ貰ってくれるだけでいいんで」 そう言って差し出すと、女は一旦足を止めて紙を受け取った。 「…あれ?やり方変えたんですか?」 「…は?」 女はぼんやり思い出すように「なんかもっと、前はグイグイ来られた気がして…」と言った。 「…あー…新人なんで、俺」 微妙に噛み合っていない言葉を返すが、女は笑って「そうなんですか」と言うだけだった。笑った顔は少し幼い。綺麗な黒髪は街の中で逆に目を引いた。 「…髪、綺麗すね」 思うままに言うと、女は照れ笑いをしてみせてから「ありがとう、嬉しい」と言った。けれど笑った後に女はハッと気づいたように驚いた顔をして俺を見上げた。 「すごい。新しい戦法?」 「え、いや違う。ほんとに思ったんで」 「あはは、そっか。嬉しい」 笑った顔がかわいい。ああそっか、この人ちょっと俺のタイプなんだなと頭の中でぼんやり思う。 「…じゃ、一杯だけ呼ばれようかな」 「え、ほんと?」 「うん。お仕事頑張ってください。行ってきます」 女は軽く会釈をして、そのまま店内へと入って行った。  入店させらんなくても気にしないで、とメゾさんは言ってくれていたが、とりあえず一人入ってくれて俺は胸を撫で下ろした。しかし俺の功績とは言い難い。さっきの女の人が特別いい人だっただけである。  もうこんなことはないだろうなと思いながら、俺は残りの紙を配った。  しばらくしてやっと手元の紙が全て捌けた。  ここに立ち始めて二、三時間は経っているだろうか。それなりに革靴の中の足が痛い。  あの後、もう一人だけ入店まで漕ぎ着けた客がいた。俺の棒読みがウケたみたいで、最後の「VIPご案内できますけど、内緒にしといてもらえますか?」というセリフには大笑いされた。  とにかく、似合わないことをした数時間だった。純粋に疲れた。俺はメゾさんが車の中でスタイリングしてくれた髪を気にせずに頭をボリボリとかきながら、店の中へ入った。 ■chapter.2-5  店内を初めて見たが、俺が想像するホストクラブの雰囲気とは少し違っていた。  店の右側にずっと続く長いバーカウンターがあり、左側はいくつものテーブルと、それをU字型のソファがそれぞれ囲んでいる。ドンペリタワーとかコールとか、そういう騒々しさはなかった。思っていたより静かだ。  メゾさんの姿を見つけるが、店内奥のソファで接客をしているところだったので声がかけられない。どうすれば良いのか分からず入り口近くで突っ立っていると、一番近い所にいたカウンター内の男が俺に気づき「裏に店長さんいんぞ」と、俺を促してくれた。 「こっちから潜って、そのドアから裏に行けっから」  言われた通りにドアを開けて裏に進む。  先程俺に「採用」と言った男が、店内裏の廊下で煙草を吸いながら携帯電話で話しをしている。恐らくこの人が店長で間違いないはずなので、俺は少し離れた所に立って電話が終わるのを待った。 「うん、は〜…なるほど…じゃあそれはそっちで上手いことやって。はい。そうね、はいはい」 男は通話を終えた後にすぐこちらに気づき、煙草を咥えたまま俺の前まで歩み寄った。 「お疲れ様。どう?何人か入店させられた?」 男の質問に頭を掻きながら頷く。更に「何人だった?」と聞かれたので「二人」と正直に答える。 「二人?すごいすごい。あ、もしかしてこういう仕事やったことある?」 「…ないっす」 「そうか。いや〜いいね。肝が据わってる感じもいいし、顔もかっこいいしね。じゃあこれ、今日のお給料ということで。お疲れ様でした」 男は後ろポケットから財布を取り出し、そこから万札を二枚取り出して裸のまま俺に渡した。 「もしまたやってくれるんなら是非お願いします。今日はありがとう」 裸の二万を手に握りしめながら、俺は若干呆気にとられる。だってまさかこんな、たった数時間のなんてことない仕事で、二万円が手に入る。 「…あざした」 「クレが車で待ってるって言ってたから、帰るならこのまま裏口から出てっていいよ」 「…うす」 何かを問い質されることも後を追われることもない。男のサッパリとした対応にも肩透かしを食らいながら、俺は二万をポケットに捻じ込んで裏口の扉を開けた。  クレさんは俺を見つけると運転席の窓から顔を出して「お疲れー」と明るい声で言った。 「どーだった?楽勝だったでしょ」 「…はあ」 「何人か入店させられた?」 「…二人」 「二人!マジ!?すごいじゃん、やっぱホスケは素質あると思ってたんだよ俺はさー!」 クレさんは上機嫌だった。「乗って乗って」と俺を催促し、車内に乗り込んだと同時にエンジンをかける。 「またお金欲しくなったらさー、いつでも大歓迎だから言って!シフト穴だらけでいつも大変らしいからさー」 「…はあ」 「それ、スーツと靴はそのまま貸しとくからさー。あ、この後どうする?またさっきの部屋行く?このままホスケの家まで送ってってもいいけど」 「…あー…帰ります」 俺がそう答えると、クレさんは左手で形を作りながら「おっけー」と言った。  ふと、バックミラーに映る自分の姿を見る。  メゾさんにセットしてもらった髪と貸してもらったスーツは、いつもの見慣れた自分とは随分違う印象だった。似合ってないのか似合っているのかは、よく分からない。けれど率直に思う、その姿はどこからどう見てもホストにしか見えなかった。自分がこんな格好をするなんて少しも想定していなかった。なんだか不思議だ、ミラーに映る自分が他人のように思える。 「じゃあまたねホスケ!いつでも連絡して!待ってるからさー!」 クレさんはそう言って俺を家の前で降ろすと、すぐさま車を発進させた。  俺はそのままその足で、家から歩いてすぐのコンビニに向かう。煙草だ。全ては煙草を買うためしたことだ。  コンビニではもちろんアメリカンスピリットをカートンで、それから缶ビールも数本買った。こんなに勢いよく金を使って、なのにそれでも手元には一万も残っている。  俺の心は少し踊った。こんなに楽な方法で金が手に入る。いくらでも吸える。財布の中身を気にしなくても、あと何本あるか気にしなくてもいい。いつだってカートンで煙草が買える。  コンビニから家までの帰り道、歩き煙草をしながら革靴の鳴らす音を引き連れて歩く。 良い仕事を紹介してもらった。また気が向いた時にはクレさんにお願いすれば、きっとあの仕事をさせてくれるだろう。  半日ぶりに吸い込むアメスピの煙は、身体中に染み込んで俺をゆったりと満たしていった。  そしてその後、もらった二万はたった数日で消える。  俺から連絡をすると、クレさんは電話口で嬉しそうに俺の名前を呼んだ。 「おっけおっけ!じゃあ家まで迎えに行くからスーツ着て待っててよ!」  そうして、俺はまた金を手に入れる。  大学に行く日数はますます減って、そのかわり煙草の本数は馬鹿みたいに増えた。  親父には、もう小遣いは要らないとメールで伝えた。なにか返信があったような気がするが、それがどんな内容だったか、それに自分がメールを返したか、今はもう覚えていない。  家に帰るのが面倒で、仕事をさせてもらった後はそのままクレさん達の部屋で寝ることも増えた。好きなだけ寝て、起きたら吸って、金がなくなったら仕事させてもらう。そうやって適当に過ごす毎日はものすごく楽だった。  いつの間にか随分髪が伸びた。メゾさんがセットしてくれる時以外は、もう面倒でそのままでいる事が増えた。髭も仕事の時以外は放置するようになった。仕事の時はスーツ、それ以外の時は誰かのジャージを適当に借りて着る毎日だった。  なにを得るでも、なにを学ぶでもない。惰性と堕落と浪費の日々は流れるように過ぎる。過ぎていく日々に思い入れなんてない。今、あの頃のことを思い出そうにも、自分がどんなことを感じてたとか何を思っていたのかとか、一つだって鮮明に思い出すことができない。  それは「なにもない」ということと、とても似ていた。  俺がクレさんに大学の喫煙所で話しかけられたあの日から、そんな風にしてあっという間に数ヶ月が過ぎる。大学生になってから二度目の秋は、一つの季節として感じることもないまま瞬きのような一瞬で俺の前を通り過ぎた。  十一月。気が付けばもうすぐ年が明けるらしい。年末年始、お前はどうするのかと聞かれて、予定などあるわけがない俺はクレさん達に「なにも」とだけ答えた。煙草が吸えれば、寝たい時に寝れれば、それでいい。本当にそれだけでいい。  俺は二十歳になった。
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