Chapter.1

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Chapter.1

■chapter.1-1 「わー久し振り!元気してた!?  髪切ったんだね、なんか大人っぽくなったねー!え、俺?そうそうメッチャ脱色して!うん、金髪!えへ、マジで?似合う?あはは、ありがとー!  いつまでこっちいるの?そっか、○日にはかえるのか~。やー会えて良かった、高校ん時一緒にライブ行った以来だよね!うん、わかった○○にも伝えとく!  あー…あいつか。んとねー、最後に会ったのいつだったかなー…そうだ、成人式で会って…その後ちょっとだけ喋ったんだよね。あれが最後だったかな。もう会わなくなって一年以上は経ってると思う。今どこで何やってんだろ。  え、ラインの既読つかないの?いやアカウントは変わってないと思うよ、うん。何だろうね、携帯失くしたとかかな?  んー…最後に会った時ね、なんかあいつ、だいぶ覇気なかったよ。あー、あはは。…や、あんま詳しくは聞いてないけどさ。んー…なんか、こてちゃんと別れてから自暴自棄みたいになってるって言って笑ってた。いや、ホント笑ってたんだけどね。  大学も結構休んでるみたいだったなあ。今はどうなんだろうね?うん、そうだね、元気になってると良いよね。  …最後に会った時にさ。あいつ、ほんとに…なんか、目が虚ろでさぁ…。最近なにしてんのって聞いたけど「なんも」としか答えなくってさ。なんかさー…何言っても何聞いても、暖簾に腕押しっていうか…届いてない感じがしてさ、あいつの耳に。  そんでさ、すっげぇー吸うの!煙草!もうさ、ずっと吸いっぱなし!火消した瞬間に次の煙草取り出す感じでさ。吸いすぎじゃねって軽く言ったら「だってこれしかねーんだもん」って。あいつが吸ってるのは、そりゃ高校の時から見てたけどさぁ…。なんか、ちょっとビックリした。煙草切れたら死ぬんじゃないかって思うくらい、ほんとにずっと吸ってたんだ。依存してんだろうなーって…なんかちょっと、見てんの辛かったな。  …で、最後あいつと別れる時にさ、ごめんねって。「もうずっと頭使ってないから脳みそ死んでんだ」って、笑いながら言われた。俺、どーゆー意味か分かんなくてさ。だから、俺よりお前の方が頭いいじゃんって返したんだ。だって高校ん時、あいつ結構成績良かったんだよ!俺は超~バカだったから!…でも「そういう意味じゃねえよ」って、また笑われてさ。  …ん?んーとね、髪だいぶ伸びてた!あと髭生えてた!あははホントホント!鼻の下と顎にちょっとね。あと高校の時より痩せたと思う。ちゃんと食ってんのかなぁ?相変わらずカップラーメンばっかなのかもね。  …こてちゃんからお別れ言われた時、こてちゃんの言葉の意味が全然分かんなくて、分かんないまんま投げちゃったって…言ってた。ちゃんと分かるまで話せば良かったって、それだけはちょっと後悔してるって。…それで俺が「もっかい話しに行けばいいじゃん」って言ったら「会う資格ねえよ」って言ってた。  …俺はさ、二人がどんな理由で別れたのかは分かんないけど、ん~…俺には、こてちゃんとあいつ、超お似合いに見えたよ。あいつもこてちゃんのことホンット、超好きだったし。え?いやだって、俺何回か釘刺されてたから!あはは、マジだって!そーだよ俺にだよー!あいつバカだよね!「馴れ馴れしく触んな」って多分十回くらいは言われてる!あはは、ヤキモチ焼きだからなーあいつ!  …で俺、こてちゃんもあいつのことすげー好きだったように見えたよ。…だから二人が別れたって聞いた時は、本気でビックリした。あいつ、そういう冗談言わないじゃん。  「なんで!?」って聞いたら「俺にも分かんない」って返されちゃってさ。なんだろうなあいつ!他人事みたいにさ!…ほんと、抜け殻みたいになっちゃってさぁ…。  …や、ううん。こっちこそなんかごめん!こてちゃんから聞き出そうとか思ってる訳じゃないよ!うん、俺も会えて嬉しかった!こてちゃん綺麗になったねー!うん!大人っぽくなった!あはは、こういうことすぐ言うからあいつに胸ぐら掴まれるんだなー俺!  あっそうだ!××がメジャーデビューしたんだよ知ってた!?そー!あん時一緒に観に行ったバンドー!こてちゃん確かあいつからCD借りてたよね!うん、すごいよね、もう三枚くらいメジャーで出してたかな?うん、結構有名んなっちゃった!チケット取るの大変でさー!でも今度ね、あの箱で原点回帰ライブやるんだって!うん!チケット取れるように祈ってて!超楽しみ!  こてちゃん。稲田と、会えたらいいね。 うん。俺もまた久し振りにラインでも送ってみるわ!多分ちょっとしたら「ごめん携帯失くしてた」とか言って返信来ると思うよー!  うん!そしたらまたね!○日まではこっちいるって言ってたよね、そしたらゆっくりしてってねー!じゃーねー!」  某日、峯田くんと。 ■chapter.1-2 「うぇ〜い!古手川ちゃん超〜久し振りじゃね!?向こうの暮らしはどーよどーよ!?うわ〜マジかパねぇ〜!超憧れるわ!俺もいつか行ってみたいすわ〜!  てか見てよ俺!このニューヘアスタイル!ちょっと自分でも確変起こっちゃった的な!?イケてる気しかしないっつーか!俺さ、今までずっと顔面隠し気味の髪型してたんだけどさ〜、こうやって出しちゃった方が実は似合っちゃってね!?マジ盲点だったわ!!や〜美容師のお姉さんにも顔がいいから隠さない方がいいですよとか言われちゃって〜!なんか髪型変えてから世界が違って見えちゃう感じ!わかる!?視界が超クリア!これからはこの髪型が俺のトレードマークになるんでヨロシク!!  うん?ああ、イナディーね!…あっ!そうだそうだ!はいはいはいはい!!俺さぁそういやちょっと前に会ったんだわ!そう!店で!!んとね二ヶ月くらい前だったかな!や、俺ももう辞めてるからさ、その時はたまたまお客さんとして遊び行ってただけなんだけど!  え?いやまぁ〜なんつうの?彼女と家でDVDでも観よっかな〜とか思って…まあそうなんですわ。彼女と借りに行ったんですわ。すんませんマジ、俺、彼女いるんすわ〜!てか、この話聞きます?聞いちゃいます?…あ、りょっす。じゃ本題戻るっす。  うん、そんでイナディーもね!たまたまいたのよ、店ん中に!!なんかガラ悪そうな連中とつるんでてさ〜!俺のことには全然気づいてないみたいで、なんか話しながら棚移動しててさ。で、俺、やっぱ気になるじゃん!?だってイナディーと会うのなんて数年ぶりだったからね!だから俺、彼女にちょっとDVD選んどいてっつってイナディーのことさり気なく尾行したのよ、店の中で。いや勿論気づかれないようにね!…え?だって怖いじゃないっすか!めっちゃヤンキーみたいな奴らと一緒にいたんすもん!絡まれたらひとたまりもないでしょうよ!  でさ、そしたらさ〜!!!聞いてマジ!!こっから大事件!!マジで聞いて、マジだから!!なんか棚の上の方のCD取ろうとしてさ、イナディーが腕伸ばしたわけ、そしたらよ!そしたら!!手首んとこにね、タトゥーが!!入っちゃってたわけ!!俺マジすんっげーびっくりしてさあ!!だってそういうの興味なさそうだったじゃんイナディー!!髪型以外は無頓着だったじゃん!?悪く言えば頭ツンツンにすることにしか気遣ってないんじゃねみたいなとこあったじゃん!?なのにさー!タトゥーよ!タトゥー!!  なんかこう…シュッシュってした感じの模様みたいなのと、その下にバーコードみたいな感じの!…え?えーと描けるかな…なんかこんな…。ま!ちょま!だめだ全然違うわ、メッチャ難しいわ!俺ダメなんですよ、絵下手なんで!!  でさ、イナディー昔はいつも眉間に皺寄せてさ、怖い顔してたじゃん?でもその時のイナディーは何か…目が死んでたっつーか…無表情みたいな感じでさー。…俺、声かけらんなかった。イナディーが一人になった瞬間も何回かあったんだけど、それでもやっぱり声かけらんなかったよ。  髪もさ、なんか伸ばし放題で、全然放置って感じで。うん、ぺったんこよ、ぺったんこ!毎日あんなバリバリに固めてたくせに!!…ホント、魂抜けたみたいな感じっつうのかな。  あ、でその後はCD何枚か持ってカウンター行ってお会計して店出てっちゃった。一緒にいたの、あれ何繋がりの人たちだろ?なんかスーツとか着てる人もいたし、超ドヤンキーみたいな人もいたし…。  うんうん、男ばっか!五人くらいだったかな?いや〜大学の友達ではないんじゃね?年齢がバラバラっぽかったっつうか…や〜分かんないっすわ!謎に包まれてましたわ!  あ、で俺が彼女と一緒に観たDVD何だと思います?四択とかにしましょうか?えーっとじゃあまず1!…え、あ、りょっす。  …てかさ、俺、二人が付き合ってたことも初めて知った時は超〜驚いたけど、別れたってのも超〜ビックリしてっからね今!!マジで!!  え、てか何で何で!?何で別れたん!?てかいつ別れてたん!?…いや〜だって…イナディー、ゾッコンだったじゃんね…。え、あ、そーすよね。ごめんね古手川ちゃん、答えにくいことばっか聞いちゃった。  ってかてか、二人が付き合ってるって初めて知った時のこと俺今もすげー鮮明に覚えてるわ!  そうそう!林さんもいましたよね!四人でバイト上がりに、このファミレス入って〜!なんだっけ?俺が何か古手川ちゃんと手の大きさ比べたりとかしてたんだっけ!?そうだそうだ!そうだわ、そんでそのまま指相撲対決に発展しそうんなって!  そしたらイナディーがキレて!さっきから馴れ馴れしいんだよっつって!唐突に!俺怒られて!!俺マジでその時の脳内、何が何やらだったからね!  あは、そーそー!俺が小粋にさぁ、いや彼女かよ!ってツッコミ入れたら「彼女だよ」って!即答されて!!古手川ちゃんメチャクチャ慌ててたよね!いや俺も寝耳に水よ!寝耳に水!超驚いたわ!あ〜林さんも隣で静かに固まってましたね〜。あっはっは覚えてますわ〜。「夢敗れたり」って呟いてましたよね覚えてますわ〜!!  は〜、当時は林さんに、イナディーと俺二人でやたら休憩一緒にされたりレジ締め一緒にさせられたりしましたね〜!懐かし〜!!いやイナディーのことはそりゃ好きでしたけどね!かっこいいじゃん、強いし!  そういや俺が脚立の上ですっ転びそうんなって、イナディーが助けてくれた時のこと覚えてます?あははそうですよね、そりゃ覚えてますよね!あの時の林さんの顔、俺一生忘れられないっすわ〜。目が血走ってましたわ〜!!  まあ…なんつーの?人それぞれ色々あるだろうし?イナディーも何かいろいろあったんじゃね。ほらだって俺も!この変わりようときたら!マジさなぎが蝶に脱皮するかの如く!!…え、あ、はい声でかくて申し訳ねっす。  え、マジ?ラインの既読つかないの?うぇ〜なんでだろ!?せっかく古手川ちゃんこっち来てんのにね。せっかくなら居る間に会いたいよね!  ん〜…。もうこうなったら家行ってみちゃえば!?そうそう、たまたま通りかかって〜とか言っちゃえばさ!古手川ちゃんの実家もあの辺じゃなかったっけ。そうそう、ついでに寄ってみたらいーじゃん!いやダイジョブっしょ〜!!案外ケロッとしてっかもよ〜!  …んじゃ〜そろそろ!出るとしますか〜! そうなのよ〜!俺この後彼女とデートなのよ〜!どこ行くと思います?それがねぇなんとこの後…あ、うぃっす。えーとミートドリアとドリンクバー。あ、はい、会計は別で」  某日、柴崎さんと林さんと。 ■chapter.1-3 「…あれ、えーと…えー…ああそうだったすみません。そう、古手川さんだ。  えっと…お世話になってます。…はは、久し振りだなぁ。なんだかすっかり大人っぽくなっちゃって、一瞬誰だか分からなかったなぁ。  あー、穂輔な。最近全然連絡つかなくてよ。ああ、ここにもほとんど帰ってきてねえみたいで。一体どこで何やってんだかアイツ…。  ん?いや俺もな、お袋が腰痛めちまったから色々大変みたいで。だから仕事終わった後はお袋の家に帰ることの方が多くて。…そうなんだよなぁ、だから俺もここに来るのは月に一回…あるかないかって感じなんだけど。  ん?あー、お袋は元気元気!腰が痛くて動けないのがもどかしいみたいで、さっさと治して家事だのなんだのしたいってキーキー言ってる。  あは、そうだったのか。古手川さんも会ったことあったんだな。随分気ぃ強い婆さんだっただろ?そうそう、穂輔のことも平気で怒鳴り散らすからな。もちろん俺のことも。も〜帰る度に髭を剃れだの煙草減らせだの口うるさくてよ。参るね。  …ごめんな。今まできっと、うちの息子がずいぶん迷惑かけたろ。いや、俺も野放しにすることが多かったからなぁ。やたらだらしねぇ奴に育っちまった。面倒臭がりなとこも本当に、俺に似ちまって。…悪いね。あいつがこんな風になってんのも俺の責任だなぁ。  ん?んー…どうなんだろうな。大学にもあんまり行ってねぇ気がすんなぁ、あの馬鹿。何回も電話してるんだけど、一回も繋がんなくて。でもここにはたまに帰ってきてるっぽいんだよな。食いもん食った跡とか、服だけ着替えに着てるみたいでよ。  …ったく、ふざけやがって。まあ、あいつももう二十一だからなあ…自分のことは自分でどうにかやってんだろうとは思うけど。  ん?そうそう、学費だけな。勝手に振り込まれるようにしてあるからそれは心配ねえんだけど。…生活費は、渡してねえなあ。一回だけ、随分前に家に金置いといたんだけどな、ずっと手付かずのままでよ。メモも一緒に置いといたから気付かなかった訳じゃねえと思うんだけど。  どうやって食ってんだってメール送ったら「へーき」ってよ。返事それだけ。そのあと何回メールしても電話しても音沙汰なくて。本当に困ったもんだな…。  そう…そうだなぁ。あいつと最後に会ったの、半年以上前だな。ん?ちょうどここに帰ってくる時に出て行くあいつと鉢合わせてよ。だらしねえ格好してやがったよ、んっとに…首根っこ捕まえて怒鳴ってやろうと思ったんだけど「急いでるから」っつって、逃げるようにして行っちまった。  いや、見たことねえバイク乗ってたな。誰か友達のでも借りてたんだろうと思うけど。…どうなんだろうなあ。本当に、何も言っていかねえからなぁ、あの馬鹿。  えーと、古手川さんは今…?…おお、そうなのかあ!留学中かあ、すごいなあ!じゃあ今は一時的にこっちにいるってことか。何日までいるんだ?…そうか、そしたらそんなにゆっくりはしてられねえなあ。  …っち、あの馬鹿…。やっぱり連絡つかねぇか…。本当にすまないな古手川さん。…いや、俺もこのままじゃいけねえなって思ってたところなんだ。あいつに一発、喝を入れてやらないとな。  ああ、穂輔に会ったら伝えとくよ。おう!あの馬鹿からちゃんと連絡するように言っておくから。  心配かけてごめんな。わざわざ来てくれてありがとうな。…ほんとに、穂輔が…ごめんな。  いや、俺も服だけ取りに来たところでよ。この後はお袋の所に戻って飯食ってくるよ。ああ、古手川さんもまた。  おう、無駄足にさせちまったなあ、ごめんな。  ああ、それじゃあ」  某日、稲田くんのお父さんと。 ■chapter.1-4 『稲田くん、お久し振りです。元気にしていますか?私は元気です。  こっちの生活にもやっと、本当にやっとですが少し慣れてきました。  最近は一人で買い物に出掛けたり、お店の人とちょっと会話したり、たま〜にだけど値切ってみたりと(笑)、自分から話すよう心掛けています。それのお陰か、英語力は少し上がってきたかも!と思っているところです。(英語だと私、つっかえないで話せるんだよ!なんだか不思議だね(笑))  ホームステイ先の皆さんもとっても良い人達で、面白くて、毎日楽しみながら勉強させてもらっています。お兄さんがNintendo大好きで、よくゲーム大会をしています。私も入れてもらうんだけど、自分一人だけ下手過ぎて、信じられないという顔をされます…(笑)テトリスなら負けないのに…!><  そうそう。この前はなんと、かの有名な×××のライブハウスに足を運びました!このステージで○○や△△が演奏したんだなと思うと何だか込み上げてくるものがあり、カメラを持つ両手が震えてしまったよ。写真、たくさん撮ったので数枚送ります。  来月ここで○×がワンマンライブをするんだって!すごいよね!私はスクールの予定があって行けないんだけれど、これは必ず稲田くんに伝えなくちゃ、と思って…!いつか、来日してくれたらなあ。その時は私も稲田くんと同じ会場内で、生の演奏を見られたらいいなと思います。  少し前だけど、一週間ほど帰国していました。その時に、峯田くんや柴崎さん、林さんと会ったよ!みんな元気そうでした。近況を聞いたり当時の話をしたりして、楽しい時間を過ごすことができました。峯田くんは金髪になっていて、柴崎さんは髪を短く切っていて、すっきりしていたよ!  稲田くんにも会えたらいいなと思っていたんだけど、タイミングが合わないままこちらに戻ってきてしまったので…また、次の機会にでも会えたら嬉しいなって、思っています。  ラインの既読がつかなくて、少しだけ心配しています。稲田くんが元気にしていてくれればいいなと思っています。ごめんなさい。私からこんなメールをもらうのは、もしかしたらとても嫌なんじゃないかな…とか、色々と考えてしまって、送信ボタンをなかなか押せないでいました。もし不快な気持ちにさせていたらごめんなさい。返信は、大丈夫です。  私の留学期間はあと二ヶ月くらいで終わるので、九月の半ばには日本に戻っている予定です。 留学中に出会った人々のことや、この地で知り得た沢山のこと、それから音楽のことも、稲田くんに会って話したいなって思うことがいっぱいあります。いつか、会えたら嬉しいな。  もし会えそうな時が来たら、いつでもいいので、その時は連絡をくれたら嬉しいです。  突然のメールごめんなさい。  あと二ヶ月、悔いのない留学生活を送りたいと思います。頑張ります!  古手川ひろ』  俺がそのメールを読んだのは、病室のベッドの上だった。 ■chapter.1-5  俺の手元にスマホが戻ってきたのは、俺が病院に運ばれた翌日のことだった。  液晶画面はバキバキだし裏側も擦り傷だらけで、これはもうさすがに起動しないんじゃねーかと思ったけど、よかった、なんとか起動と操作はできた(画面の上側三分の一は真っ黒で見えなくなっていたけど)。  スマホと荷物を届けに来てくれたのは、連中のうちの一人の、その彼女さんだった。顔は何回も合わせたことあるのに名前が出てこなくて困る。  取り敢えず頭を軽く下げたらその人は片手を上げて「よ」と言って丸椅子に座った。 「…生きてて良かった。ほんと」 「……はあ」 「痛い?…よね。だいじょぶ?…いや、だいじょぶじゃないか」 いつも連中何人かと集まってる時は、もっと楽しそうに笑ったり、はっきり話す感じの人なのに。病室の中、俺に話しかけるその人は俯きがちで、いつもよりだいぶ声が小さい。 「…だいじょぶっす」 そう答えるのが一番いい気がした。実際、動かさなければ痛くないし、怪我も大層なもんじゃない。  運が良かったと思う。転倒した瞬間のことを思い出して、今こうやって普通に息をしてるのがすごいことのように感じた。  映像が、フラッシュバックする。  ああ死んだな。あの時そう思った。雨で濡れたアスファルトには街の灯りが反射して、揺らめいて、赤とか黄色とか紫とか沢山の光の粒が広がっていて、綺麗だなあと思いながら、俺は同時に死ぬんだと悟ったのだ。 「……もうあいつらとつるむのやめな」 自分の足元に視線を落としたまま、彼女はそう言った。 「ホスケがこんなことなってんのに、一人も見舞いに来ないじゃん」 「…まあ、でも別に…自分で勝手にコケただけなんで」 「でも心配くらいするでしょ普通は。…責任だってあるよ、あいつらがホスケに色々教え込んだんじゃん、なのにさ…。こんなのおかしいよ、友達じゃない」 「……」 俺も、友達ではないと思う。俺がそう思うように、あいつらも誰一人俺のことをそんな風には思っていなかっただろう。だから俺は誰かを責める気もないし、あの人らが責任を感じていないことにも腹は立たなかった。 「…えっと、バイク弁償するんで。キーくんにちょっと待っててって、伝えといてもらえたら」 「いい。あれ超ボロかったし、もう捨てて買い換えるって言ってたから。そんなん気にしなくていい」 俺の言葉を遮って彼女はそう言った。目が合った彼女は、怒りを嚙み殺すような顔をしていた。 「…私も、もうあいつらとつるむのやめる。キーに誘われてももう行かない」 「…そーすか」 「…だからアンタとも、今日で多分バイバイだけど」 「…はあ」 なんと返せばいいか分からなくて、俺はまた困る。  そういえば昔、この人と一緒に買い出しでコンビニまで歩いたことがあったな。あの時は二人きりでどんな話をしていたっけ。こんな気まずかった筈、ねーんだけどな。 「…これ、届けてくれてあざした」 そういえばお礼を言ってなかったと思い出して頭を下げた。彼女はぶっきらぼうに「どういたしまして」と言って、その後はまた黙ってしまった。 「……」 二人で沈黙を持て余す。気まずいまま、なんとなく足に巻かれた包帯を見つめていたら、サイドテーブルに乗せておいたスマホが震えた。 「電話?」 「や、メール…」 俺はそう言いながら画面に表示されてる名前を見て、スマホへ伸ばしかけた手を動かせなくなった。  古手川ひろ。画面にはそう表示されていた。 「…どしたの?」 俺の変な間を不自然に感じたんだろう、彼女はこちらの様子を伺うようにしてそう尋ねた。 「……なんでもないっす」 そのままスマホを裏向きに置いて、テーブルの上に戻す。メールを開く気にはなれなかった。  目を瞑り、暗闇の中に浮かんでくる送信者のフルネームを何処かへ追いやろうと、俺は少しだけ頭を振った。 「……スマホ、壊れてなくて良かったね。絶対点かないと思った」 「ああ、そうすね。俺も絶対無理だと思った」 「タフだね」 「そうすね」 「……」 「……」 またお互いに言葉をなくして、少しの間黙った。 「…じゃあ、あたしこの後仕事あるんで。もう行くね」 先に口を開いた彼女はそう言って、足元の鞄を肩にかけ、それから立ち上がる。  耳からこぼれた髪の毛を直す仕草を見ながら、俺は「あ」と声が出た。この時やっと、彼女の名前を思い出したのだ。 「こずえさん」 「なに?」 思い出せたはずみでつい呼んでしまっただけだったので、聞き返されて戸惑う。  どう言葉を繋げようか慌てて考えるが、いいセリフが思いつかなくて、だから仕方なく「お疲れっした」と言った。するとこずえさんは、ここに来てからようやく初めて笑った。 「仕事これからだっつの。まだ疲れてないわ」 つっこまれて、俺も笑う。 「間違えた。あざした」 「あは。うん、じゃあね」 「うす」 こずえさんは軽く手を振って、それから病室を後にした。…親切な人だな。俺のスマホと荷物を持って、わざわざ電車に乗りここまで来てくれたんだ。  最後に、その背中に向かってもう一度「ありがとうございました」と、心の中で頭を下げた。  こずえさんの姿が見えなくなってから、俺はふと、もう一度テーブルの上のスマホに目を向ける。  迷惑メールや勧誘なんかのDMが増えすぎて煩わしくなり、メールもラインもずっと放置していた。通知バッジの未読数を知らせる数字は、どちらも千を超えている。もしかしたらこの中には他にも、知っている人からのメッセージがあるのかもしれない。  …俺、いつからこんな風になったんだっけな。高校の奴らや昔働いてたバイト先で知り合った人たち、一人一人のことを思い出して、その度に心の中の倦怠感が増していく。  誰にも会いたくないと思うのは、好きじゃないから、じゃない。俺が俺のことを、きっと、好きじゃないからなんだろうと思う。  タバコ吸いに行きてーけど、この足で歩いて喫煙所まで行くのはかったるいだろうなと思い直す。  薄い水色の患者服と白いシーツ。右の裾から覗く手首の刺青が、その色合いの中でやけに浮いて見えた。  へんなの。なんだかひとりぼっちに思えた。
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