本編・よん

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 驚いて目を瞠る将軍の前には、ただ恋をする女性の顔があった。  表情や内心を見破るのに長けた軍人の目でも、そこには騙そうという意図を全く見つけられず――杏奈の言葉は真実だと認めざるを得なかった。 「私は政治や軍のことはよく分かりませんが、とても素晴らしい軍師でいらっしゃるとも聞いています」 「君は、本当に」 「旦那様、君だなんて。アンナとお呼びください」 「……アンナ」  ――はうっ?! なにその、ちょっと困った呆れ気味のハスキーボイス! お腹に響くっ、どっちかっていうと下っ腹に!  初めて呼ばれた名前に、さあっと頬を染めて恥じらうように笑みを浮かべる杏奈に、さすがに将軍も自分に本気で惚れているのを理解した。  自分から告白したのは初めてだ。  口説き方なんて知らないし、恋の駆け引きなんてもっと分からない。  杏奈にできることは、羞恥心に蓋をして、ただひたすら正直に心と体で告げるだけ。  仕方ない、と言わんばかりに僅かに将軍の口許に笑みが浮かぶに至って、杏奈の心臓はオーバーヒート寸前だ。  眼福です、ごちそうさまです、と内心で手を合わせ、奇声をかみ殺すのに忙しい。  頑なだった態度が緩み始めたのをいいことに、もう一押しだ、と杏奈の中の誰かが指令を出すまま距離を縮める。  将軍の固い手を両手で持つと、杏奈の頬に当てさせた。  驚いているが嫌がってはいない。それが嬉しくて、杏奈は花が綻ぶように破顔する。 「一目惚れでした。私を貴方の妻にしてください、ヒューゴ・セレンディア様」 「……!」  真っ直ぐに潤んだ瞳で見つめたまま、煩く鳴る鼓動を確かめさせるように、将軍の手を自分の胸へと押し当てれば――。  強面堅物将軍は、割とあっさり陥落したのだった。
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