384人が本棚に入れています
本棚に追加
王都のこの屋敷も押し付けられたと感じているのか、すべて妻に任せ、本人は軍の宿舎に泊ってばかりで滅多に帰ってこない。
使用人たちにしても、結婚をする予定があることは聞いていたが、まさか今日とは寝耳に水だった。
関係者と見届け人だけを招いて屋敷内の一室で執り行う簡易なもので、教会式も披露宴もしないとはいえ、さすがに最低限の準備は必要だ。
そんな次第で、屋敷の掃除をはじめ、大わらわで支度をしているのだった。
屋敷内の喧騒とは裏腹に、ハリーとフロリアーナは時間をもてあました。
普段なら家庭教師に勉強を教わっている時間だが、授業は急遽中止。
未成年の二人は婚姻の場に立ち会うこともなく、輿入れしてくる女性と対面の予定もないというから、するべき準備もない。
自室で時間を潰すにも、扉一枚隔てた向こうでは使用人が目の色を変えて走り回っている。
その浮ついた感じも落ちつかなくて、もうすぐ側室となる女性が到着するという頃に、二人は庭へと出ることにした。
青空が広がるいい天気で風も爽やかだ。しかし、将軍家の庭は防犯第一で整備されており、趣に欠ける。夫人が茶会に使う四阿と温室にこそ花もあるが、子どもの立ち入りは禁じられている。
ハリーが剣の稽古をするときにくらいしか使わない武骨な庭に、面白味もなにもない。それでも、屋敷の中に所在なくいるよりはマシだった。
防災のためだけに引かれている水路に小石を投げ込むハリーの隣で、フロリアーナが不安気な声でつぶやく。
「おにいさま、どんな人がくるとおもう?」
「知らない。興味ない」
まだ少し滑舌が幼いフロリアーナに、ハリーはつっけんどんに返す。
同じ屋敷に住んでいても滅多に顔も合わせることのない母親と、ほとんど帰宅しない父親。祖父母や親戚との行き来もない。
まだ社交に加わる年齢でもないため、身近な大人は使用人を除けば両親だけなのに、そのたった二人とは没交渉だ。
今日来る女性がどんな人かは知らないが、これまでを思えば期待できようもない。
「……ミス・リードみたいな人じゃないといいけど」
ぎゅっとスカートを握りしめたフロリアーナの口から零れたのは、二人につけられた家庭教師の名だ。
実母ジュリアの目に適った女史は優秀だが気分屋でもあり、将来は王宮に上げられるように、とジュリアの注文が入ったフロリアーナへの当たりは特にきつかった。
「どうせ誰が来たって同じだ」
「やだなあ……」
肩を落として見上げた視線の先は客間の窓。薄いカーテンが揺れた気がしたが、光に反射してよく分からなかった。
最初のコメントを投稿しよう!