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さらに、スカートに隠すようにして手まで繋いでいて……控える使用人にハリーがちらと目をやると、なにかを悟ったような表情で頷かれた。
と、抱き合うばかりの距離で感謝を伝えていた杏奈の視線と手が将軍からパッと離れ、身体ごと子どもたちに向けられる。
隣の偉丈夫が、妻があっけなく離れたことにショックを受けているようだが、瞳を輝かせ両手を胸の前で組んで一歩近くに来た杏奈のほうに気を取られた。
「あああ、お人形さんみたいな女の子がきょとんとしちゃって、すっごいかわいい!」
「え?」
「それに無表情男子のびっくり顔もレアっ、しかも近くで見たらさらにパパ似だし!」
「え、えっ?」
杏奈の呪文のような早口は聞き取れず、フロリアーナだけでなくハリーまで呆気にとられる。
ハッと我に返った杏奈はさっと雰囲気を落ち着かせると、穏やかににこりと微笑んだ。
「あ、いいえ、なんでも。ごめんなさい、会えたのが嬉しくて、ちょっと取り乱しました」
「えっと、あの、大丈夫です」
「失礼を許してくださって、ありがとうございます。ハリー様、フロリアーナ様。これから仲良くしてくれたら嬉しいです」
あらためて、膝を少し折って目線の高さを合わせ、親し気に握手の手を差し出してくる。
そこでようやく二人は、この「アンナ」という女性をしっかりと見た。
――黒髪をやわらかく結い上げて、明るいヘーゼルの瞳は弧を描き、口角はずっと上向きのまま。
なによりも声が……そう声が、まるで歌うように弾んでいる。
こんなふうに、感情を隠さず振る舞う大人は見たことがない。
父も母も、親と呼ぶには遠い存在だった。
家庭教師は勉強をみて叱るだけ、剣の先生は剣を教えるだけ。私語を交わし笑い合ったことなどない。
子どもの目線にしゃがんで手を差し出してくれたのも、アンナが初めてだ。しかも、自分の失態を「ごめんなさい」と詫びるなど。
常ならぬ父の様子からいっても――どうやら、自分たちの知っている大人とは少し違うらしい。
二人の兄妹は顔を見合わせ、おずおずと杏奈の手を握り返した。
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