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突然の杏奈の申し出に、ミス・リードは目を丸くして驚く。
「旦那様とジュリア様には許可を貰っています。心配なら、どうぞお確かめになって」
「ええっ?」
言いながら、杏奈はずいと距離を縮めて、しっかりと両手でミス・リードの手を取った。
そのはずみで鞭が床に落ちたが、ミス・リードは気づかない。
「社交もせずに地方におりましたから、王都のことや、しきたりも知らないことが多いのです。相談したら、子どもたちと一緒にミス・リードに教わるよう勧められました。素晴らしく博識だからと」
「それは、あの、光栄です」
「ハリーとフロリアーナも構いませんか、それとも私がいたら邪魔です?」
「じゃ、邪魔なんて!」
「よかった。では早速お願いします、ミス・リード」
立ち上がる勢いのハリーと、大急ぎで首を振ったフロリアーナにほっとしたように微笑むと、杏奈は部屋の隅にあった椅子を自分で持ってきて兄妹の間に座る。
途中で落ちている鞭をさりげなく蹴って、机の下に隠すのも忘れない。
「ところで今はなにを……フロリアーナ、これってすごく難しい詩! ハリーは算数……私、計算はちょっと得意なのだけど、私よりずっと綺麗な字だわ」
「あ、あの、奥様」
「まだ七歳と九歳でこんなにできるなんて、とっても頑張ってきたのですね。もちろん、ミス・リードのおかげもあるのでしょうけれど」
小学一年生と三年生か、との杏奈の言葉の意味はよく分からない。だが、いい子いい子とハリーに目を細め、優しくフロリアーナの髪を撫でてくれる杏奈が感心しているのは十分に伝わってきた。
褒められたことのない二人はどう返事をすればいいか分からず、瞬きを繰り返してしまう。
「あ、中断させてしまいました。さあ、授業を再開しましょう」
「あのっ」
「……ふふ。こんなに優秀な先生と生徒には、鞭なんて必要ありませんよね、ミス・リード?」
すう、と雰囲気を変えてにっこりと言い含める杏奈に、口元を引きつらせたミス・リードが青い顔で首を垂れる。
「え、ええ、奥様。……はい、その通りです」
相手に否と言わせない迫力を持つ微笑みというものを、二人は目の当たりにしたのだった。
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