ヒューゴのはなし・3

1/3
前へ
/79ページ
次へ

ヒューゴのはなし・3

 初夜を迎える花嫁の衣裳としては正しいのだろうが、まさかそう来るとは思っていなかったヒューゴは軽くパニックに陥る。  敵の急襲にもこんなに焦ったことはない。  焦りながらも目は離せないし、馬乗りになられた毛布越しに伝わる体温と重さが、やけに心地好く……いや、今はそういうことではない。  内心でツッコミを入れながらもどうにか問いただすと、ヒューゴが来ないだろうから自分から来たと言う。  しかも、寝室の鍵はジュリアから受け取ったと。  しどけない恰好で、大事そうに胸の間から取り出した鍵を見せられるに至って、軽くめまいがする。 「これに関しては永久貸与だと仰って、ジュリア様は快く」  それはそうだろう。  ジュリアとヒューゴが最後に顔を合わせたのは、どうしても夫婦での出席が必要だった晩餐会で、それも二ヶ月以上前のことだ。  ろくに話もせず終了後は会場で別れ、そのまま別に帰宅したような二人に、今後も頻繁に接触があるはずがない。 「だが」 「だってこうでもしないと、旦那様は私をいないことにするつもりでしょう?」  その通りだった。  それこそが、彼女の望みでもあるに違いなかったのだが……ヒューゴはここへきて、杏奈にはなにか思惑があるのではないかとの考えに至る。  ――夫婦の勤めを果たさなければならないと思い込んでいるのか? それとも誰かに、例えば義父である伯爵から命令されて……?  昼間に浮かんだ「生贄」という言葉がまた頭をかすめる。  もし、あの人の良さそうな伯爵に強要されているのだったら、許せることではない。  そんな必要はないのだということを、なんとか説明しようと試みるも、杏奈は逆に嬉しそうに抱き着いてきた。    ――こ、れは、まずい。    しっとりとした艶髪は肌をくすぐり、きめの整った肌は上気して甘い香りを立ち上らせる。  ここ最近は特に忙しかったこともあり、女性とのふれあいなどすっかり遠のいている。  そこへきて、この仕打ちは厳しい。  部屋に入った時に感じた香りの出所にも、ここへきてようやく気が付いた。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

383人が本棚に入れています
本棚に追加