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杏奈は言いにくそうに少し迷って、こちらも正装のヒューゴの胸に挿さる赤いバラに触れる。
「……赤い色が旦那様とお揃いだから、このドレスがいいです」
「んぐっ」
「軍服も普段の服も似合っていますけれど、今日の旦那様はすごく素敵です」
漆黒のタキシードに白無地のウィングカラーシャツ、ブラックタイ。
軍服以外で出席する場合のお馴染みの装いだが、杏奈はことさら気に入っているらしく、一緒に出かけない時もわざわざ見に来るほどだ。
男の、しかも自分の服などどうでもいいと思っているヒューゴだが、とろんとした目でうっとり見つめられて悪い気などするはずもない。
だが。
「……ドン・コルレオーネみたい」
ごく小さく溢れた呟きを耳が拾った。
とたん、焼け付くような嫉妬がヒューゴの全身を駆け巡る。
「……アンナ」
「えっ?」
気付いたら、ソファーに押し倒していた。
見上げる杏奈はまだ状況が分かっておらず、丸くした目をパチパチとしている。
「俺の前で、ほかの男の名前など」
「えっ、あの、ち、違くてっ! ふく、服装が!」
杏奈の口から出た名前が、実在の人物ではないこともヒューゴは知っている。
だが、芝居の人物であろうと何であろうと、面白くないのは面白くない。
恋する相手の唇が紡ぐのは、己の名前だけでいいのだ。
ヒューゴからゆらりと漂った気配にひゅ、と杏奈が息を呑む。
酷く挑戦的な顔をしている自覚はあるが、止められない。
「っ、だ、旦那様、そろそろ時間で、」
「行くのは止めだ」
「ええっ?!」
杏奈の上に被さったままジャケットをバサリと脱いで、邪魔なタイをぐいとむしり取る。
ボタンかなにかが千切れた気がするが、知るものか。
知らず発した色気にゴクリと喉が動いたのは、ヒューゴだけではなかった。
「やだ、ちょうかっこいい……って、いやいや、この新作ドレスの評判を聞いて来いってジュリア様に、ーっあ、や、だめ、んっ」
手のひらに感じるコルセットをもどかしく思いながら、真っ赤な顔でなにやら言い訳をする口を塞ぐ。
弱い抵抗がくたんと力をなくし、両腕がヒューゴの首に回るまで、息が止まるような口付けを続けた。
――グラントが何度か扉を叩いて、諦めて去っていったようだ。
明日になればまた文句を言われるのだろうが、ヒューゴ曰く、「アンナが可愛いのが悪い」
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