本編・さん

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 首を振るクリスティーナの手を、杏奈がそっと握ってしっかりと目を合わせる。 「好みは人それぞれですよ、クリスティーナ様。私の理想は吉沢亮より、八名信夫なのです」 「わからないわ、アンナ」 「ドン・ヴィトー・コルレオーネとかも最高です」 「どこの誰よ、それ」  自分の好みが同年代の友人たちとかけ離れている自覚はあった。しかしこれには理由がある。  日本人離れした容姿を、小さい頃から同級生――特に男子にからかわれてきた杏奈は、同年代の男が嫌いだった。  そして、泣きながら下校する杏奈を慰め、いじめっ子を叱り飛ばしてくれるのは地元商店街のおっさんたちだったのだ。  特に、人目をはばかる職業からジョブチェンジしたと噂の、肉屋のおじさんには世話になった。  ギラリと肉切り包丁を見せつけて威嚇する姿にときめきを感じたのが、ランドセルを背負った杏奈の初恋だ。文句は言わせない。 「そういえばこの前だって、出入り大工の棟梁に見惚れていたわね……ありえないから!」 「はしたなくてすみません、人を寄せ付けない三白眼と見事な上腕二頭筋に、ついうっとりしてしまいました」 「わたし睨まれて怖かったのに!」 「違いますよ、彼はクリスティーナ様の愛らしさに照れたのです。はにかんで笑いかけていたのです」 「あ、あれが笑顔だなんて認めないから!」  思い出しただけで涙目になるクリスティーナを、杏奈は微笑ましく見つめる。  ……異世界など、物語のなかだけの話で自分に関係するとは当然ながら思いもしなかった。  しかし、トリップ先でいきなり魔物に襲われたり、不審者として捕らえられたり人買いに捕まったりせずに済んだのは、かなり恵まれている。  今もこうして、不当に搾取もされず、過酷な労働も強要されず、五体満足で健康に生きている。  身の安全を保障してくれ、将来のことまで心配してくれる庇護者と巡り合えたのは、きっとありえないくらいの幸運で、だから、その人たちに恩返しができるなら身代わりの結婚くらい、と思うのも自然な流れだろう。
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