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第51話 不安に染まる
次の日も次の日も。
僕と優香さんは、ただ鎌倉の町をぶらついていた。
普通の付き合いたてのカップルのように。
僕は一度慶太と話し合いたかった。
優香さんに昨日そう提案したら彼女は泣いて錯乱状態になったのでやめた。
思いとどまった。
優香さんに黙って慶太に連絡をしようかとも思った。
だけど優香さんに気づかれたら優香さんがまた情緒不安定になりそうで、僕の軽はずみな行動で彼女を追い込むわけにはいかなかった。
妊娠しているから余計に情緒不安定になったりすることは琴美をそばで見ていたから理解はしていた。
ただ優香さんには琴美にはなかった今にもどこかに消えたがっている危うさをずっと感じている。
優香さんと出会ってから五日目。
たった五日なのに僕の世界は変わった。
「僕は優香さんのことが好きです」
最後になるかもしれない。
これが最後になるかもしれない。
そう優香さんに告げるたびにそう思っていた。
僕たちは歩き続けた。
鎌倉の町や江ノ島や大仏様を見て。
僕は握りしめた彼女の左手をぎゅっとしてふたたび感触を確かめた。
そこからは海がよく見えた。
崖になっていたから僕は優香さんの手をより強く握りしめる。
「ねえ。やっぱり智史くん一緒に死んでくれないかな?」
優香さんの顔は少し微笑んでさえいた。
僕は優香さんと……。
「僕は君と生きていきたいと願う」
そう優香さんに告げたが……。
優香さんの気持ちはどうやら変わらなかったみたいだ。
「じゃあ仕方ないね。バイバイ」
優香さんは僕の手をすごい強い力で振り払いながら足を蹴って手すりを越え背中を海に投げる。
僕を見ながら優香さんは……。
落ちる。
崖下には海が見えていた。
優香さんは一人で崖から落ちようとした。
「優香さんっ!」
僕は、優香さんの空を舞うようにした腕を寸手のところで掴み取り、力強く握り引っ張る。
ぐらっと二人の体は揺れた。
焦っていた。
僕には生きることへの執着が湧いていたからだ。
二人の体は崖から落ち…かける。
「うわあっ!」
僕は優香さんの腕を掴みながら、決して離さずにただただ守ろうとした。
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