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話を聞くとやっぱり、須崎君は、ママが見せてくれたのと同じ写真を持っていることがわかった。
正確には、同じ場面を写した違うアングルからの写真、だったけど。
「親がさ、唯一、嬉しそうに俺を見てる写真。で、その視線の先にいるのが、お前とにらみ合ってる、俺」
「にらみ合ってるんだから、その頃から、馬が合わなかったんだよ、私たち」
轟先生のことを、いきなりあんな風にデリカシーなく言うなんて、気を許せない。
やっぱり、違う種類の"熱帯魚"なんだ。
「坂井、何にも覚えてない?俺、何となく覚えてるんだ。あの時のシャベルを貸してくれたお前の顔とか、みんなの笑い声とか」
須崎君は、話を終わりにするつもりがなさそうだった。
本当は私も、思い出したいのかもしれない。
「写真で見たからなのか思い出しそうなのか、よくわかんない、そんなの」
須崎君はそれには答えずに、私の後ろにある窓の外を見上げた。
「空、すげーきれいだな」
「私の言ってる事、聞いてる?」
「手、貸して」
「え?」
「手」
須崎君は私の手を摑まえると、窓の方に引っ張った。手のひらを伸ばすように言うと高く持ち上げる。
「シャベルのお返し」
須崎君に捕まえられた手を見上げると、そこには、筆で描いたような虹色の雲が、乗せられているみたいに見えた。
「すご、なにこれ…」
しばらくその雲から目が離せなかったのに、視線を感じて隣を見上げる。
「彩雲。見られると良いことあるらしいよ」
捕まえられた手はそこだけ固まったように熱くなっていて、指がびくとも動かせなかった。
「…合唱大会、クラスのみんなと出たかったな」
「…え?」
もう一度”さいうん”を見上げて、須崎君の横顔が寂しそうにゆがんだ。頭の中の熱帯魚が、元気なくぷかりと浮かんでいる。
「夏休み中に、親父が迎えに来るんだ。俺は、横浜に帰る」
「また、転校するの?」
「ここが、こんなに居心地良いと思わなかったからな。そういう約束にしてたんだ」
今度は、熱帯魚が沈みそうだった。水槽の中で遠くをぐるぐる泳いでいた熱帯魚は、本当は、酸素が欲しくて苦しかったのかもしれない。
「どうしてそんなに、普通のことみたいに言うの。凄く重大なことじゃない。約束なんておかしいよ。そんな約束、破ればいいじゃん!」
捕まえられていたはずの須崎君の手を、いつの間にか私が握っていた。自分の言った言葉が耳の中でこだまして、頭の中がバシャバシャとかき混ぜられた気がした。
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