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厄介なウイルスが流行り始めてから、給食の時間までつまらなくなった。今までは、誰かが昨日のテレビの話をしたり、くだらないダジャレでクラスを爆笑させたりしていたのに、お喋りどころか横を向くのも気を使う。みんな黙って、自分の食事に集中するしかない。
こんな状況から学んだことの一つは、食事って楽しく食べるから余計に美味しかったんだな、ってこと。だからと言って、”新型ウイルスのお陰で”とは言いたくないけど。
うちのクラスは、良くも悪くも目立ちすぎる人がいないので、”周囲に気を付けて食事をしましょう”と言われれば、みんな文句も言わずにそれに従った。かといって、雰囲気が暗いというわけではなく害のない程度にひょうきん者もいて、”色んな魚が自由に泳いでいる水槽のようなクラス”と言ったところだ。
そこに現れた須崎君は、ちょっと変わった熱帯魚っぽくて、みんな遠巻きに彼がどんな風に泳ぐのか、羨望のまなざしで眺めているという感じがした。
「佳乃、須崎君と何か話した?」
「何かって?」
「神奈川の、どこから来たとか」
「さあ」
「家、どこだって?」
「聞いてない」
「えー、聞いてみてよー」
トイレについてきた里佳子が、くっついて離れない。
「ちょっと、ディスタンス!」
こんな時には、便利な言葉になったそれに加えて、腕を伸ばして距離を測るふりをする。
「なになに?いい情報?」
他のクラスメートも、情報を得ようと自然に輪ができる。
「結構かっこいいよね、やっぱ都会っぽいっていうか」
「ちょっと、モデルっぽくない?」
「何となく、爽やか系の匂いがした」
須崎君の前の席の、みちるちゃんが言う。
「マスクしてるのに、わかったの?」
「みちるーそれ、ブルーレットじゃない?今入ったトイレの」
「えへ、そうかな、勘違い?」
みんなが、ギャハハハ、と笑った。
みちるちゃんは、いつも天然な発言でその場を和ませてくれる。背も低めでぽっちゃりしていて、みんなの癒しだ。
「とにかく帰るまでに、家の場所、聞きだして。佳乃のノルマね」
「なんでよ、なんで私にだけノルマがあるの?」
里佳子が少しづつ後ずさる。
「だって、一緒に教科書みてたからー。ずるいんだからー」
「ちょっと、引き受けな、」
「ディスタンスー」
引き受けない、というのを最後まで聞かずに、追いかけようとした私を置いて、トイレから駆け出しで行った。
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