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「給食って、美味いな」
五時間目の授業が始まるまで、まだ五分以上ある。席に戻った私に言ったのか独り言なのか、区別がつかないような言い方で須崎君が呟いた。
「昼にカレーが食えるなんて、最高」
今日の給食は、ナンのついたチキンカレーにキャベツのサラダと、すだちのゼリー、そしていつもの牛乳だった。メニューを思い出していた私は、視線を感じて隣を見る。
須崎君は頬杖をついて、私を見ていた。
「給食、食べたことないの?」
「ずっと、弁当だった」
「小学校も?」
「私立だったから」
「お母さん、大変だったね」
なんだか的外れなことを言ったかもしれない。うちの学校も行事の時にはお弁当を持ってくるけれど、いつもメニューに悩んでいた母親の顔が浮かんで、そんなことを言ってしまった。
『たまにだからいいけど、ママ、毎日はレパートリーが無いわ』
料理が苦手ではない母でさえ、そんなことを言っていた。
顔も知らない須崎君のお母さんを、尊敬した。
「うちは大概、家政婦さんが作ってくれてたから」
「・・・」
家政婦さんて、家の家事をしてくれる人だよね。親のほかに、そんな人がいるお家って。
「須崎君ちって、お金持ち?」
給食の時、マスクを外した顔を見て、ますます女子のテンションは上がっていた。形の整った薄い唇とスマートな鼻は、切れ長の目とバランスがとてもよかった。
「お金持ち?昔話みたいだな、それ」
マスクで口元が見えなくても、面白そうに笑ったのがわかった。
「どの程度がお金持ちかわからないけど、母親が忙しい人なんだよ」
都会には、そういうお家があるのかもしれない。少なくとも、私の友達には、そんな家はなかった。この界隈で、聞いたことがない。
「坂井さんて、目が綺麗だね」
ドラマのセリフのように聞こえた一言は、私に向かって言ったらしい。須崎君は、さっきから頬杖の姿勢を変えていない。なんて言うか、余裕のある感じは、とても同じ年には見えない気がした。
「見えるの?眼鏡、無いのに」
「1,0は、あるから」
「え、だってあんまりって」
視力は、私と同じだった。眼鏡なんて必要ない。黒板の字だって、後ろの席からよく見える。
「こっちの子って、1,5はあるんじゃない?自然が一杯だから。みんなよりは悪いと思って」
「嘘、ついたの?」
「嘘じゃないよ。乱視があるんだ。しかもああ言わないと、そばに行けないじゃん」
須崎君の言いたいことが良くわからなかったけれど、今度は、マスクの下の口元が悪戯っぽく動いた気がした。
「せっかく、タイプの子の隣になったんだから」
教室の扉が開いて、当番の”きりーつ”と言う声が響いたけれど、私は隣を見たまま、固まっていた。
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