熱帯魚

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 約束通り最後の10分は、静かにしてれば、自由な時間になった。須崎君は、ちょっと貸して、と言って教科書を自分の机に移動させて、パラパラとめくっている。  私はワークの問題を解くふりをしながら、前の机で、集めたみんなのノートをチェックしている先生をチラ見していた。机の下に納まらない足を体を横向きにして組んで、サクサク赤ペンを動かしている。風で動いた前髪を、少しめんどくさそうにかき上げる手は、指が長くて大きかった。  少し長く見つめすぎた、と思った瞬間、先生が顔を上げる。  ヤバいと目を逸らすには不自然なタイミングになって、そのまま目が合う。  先生は、何?と言うように、首を傾ける。私は慌てて、ほんのわずか首を振った。ちょうど、チャイムが鳴って…助かった。  当番の”きりーつ”が響く。 「礼」 「ノート、当番が後で配って」  先生がそう言うと同時に、教室の中が休み時間のざわつきに変わる。そのざわつきの間を縫って、先生が私に声をかけた。 「佳乃、明日の朝部活の前に、職員室寄って」 「は、い」 「連絡のプリントがある」 「わかりました」  先生は、私が所属する女子バスケ部の顧問をして、部活の時はみんな名前で呼ばれていた。授業中は名字で呼ぶから、今は部活の顧問としての連絡事項と言うことだ。  もう、連絡は終わったと思ったのに、先生が私の傍まで来て立ち止まる。須崎君も立ち上がって、私の教科書を抱えたままこちらを見ている。 「あと…」  先生が、一瞬須崎君を見てから、座ったままの私を見下ろして言った。 「わからないとこがあったら、いつでも言え。数検、受けるんだろ?」 「…はい」  もっと違う返事がしたかったのに、何となく隣の視線が気になってその一言しか言えなかった。  数学検定の相談をしたのは2年生になってすぐだったのに、先生が覚えていてくれたことが嬉しかった。  思わずニヤけそうになるのを我慢して、急いでワークを片付ける振りをした。
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